ギフト置き場

□勘違いラバー 1
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新緑も色づき始めた初秋、俺はひとり美術棟へと足を向けていた。
高校に入って美術部を選んだのは昔から絵は嫌いではなかったのと、そこなら体よくさぼれると聞いたからだ。
その証拠に美術室はいつも閑散としていて、たまにはと覗いた今日も、部員は一人しかいなかった。

階下からの下手くそな吹奏楽が響く中、キャンバスから顔を上げたそいつと目が合う。
俺の顔を見てほんの少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻って前へと向き直った。
不愛想かつ寡黙な野郎で、神経質そうな印象のチビ。
俺より2学年上らしいその先輩は、最初の自己紹介ん時にリヴァイと名乗った。
正直、あんま仲良くなれる気がしねえ。
まあ向こうもそのつもりはなさそうだし、週に一度来ればいい方の俺にとっちゃ、先輩づきあいなんざどうでもいい話だ。

俺は挨拶もそこそこに戸棚から自分用のクロッキー帳を取り出し、手近な椅子へと腰を据えた。
2、3枚描いたら帰るかとページをめくると、この前描いた石膏像のページに付箋がついていた。
『君はこの石膏像に何を見たのかな。受けた印象をそのまま表現すれば、もっとよくなる』…だそうだ。
知るか。
石膏像は石膏像だろうが。
印象もなにもねえよ。

美術部の顧問は自分の個展にかかりきりらしく、ごくたまに現れる程度だ。
ふらっと顔を出しては直接ないしこうやって助言をして去っていく。
そんでもって充分な指導をできない分、活動の記録が何か残ってりゃそれでいいらしい。
文化祭ですらクロッキーでいいっつーんだから、まったく助かるぜ。
こんな楽な部、他にないってのに──
斜め後方から臨むリヴァイ先輩は、ただただ一心に筆をふるっている。
──要領悪そうなやつ。
その姿は、俺の目には滑稽に映った。



描くモチーフを何にするか考え、軽く鉛筆を回す。
美術室にあるものはあらかた描いちまったしな。
適当に外へ出てもいいんだが、描いてるとこを知り合いに見られんのは避けたい。
まあここからならばれねえだろうし、先輩でも描くか。
印象、くそ真面目。
これだな。
そう思って時計へと目を走らせ、アウトラインをガリガリ引いた。

先輩のキャンバスに描かれているそれは、扱いがめんどそうな油絵だ。
よりによって何でそのチョイスなんだとため息の一つも出そうになる。
もう九月も半ばだってのに臭えから換気しねえとだし、そのせいで耳障りな音を大音量で聴かなきゃならねえ。

うちみたいな進学校じゃ部活なんてのは内申のためにするもんであって、一部の暑苦しい奴を除けばみんな息抜き程度にしか考えてねえってのに。
3年のこの時期に部活に入りびたりとは、ずいぶんと余裕じゃねえか。
美大でも目指してんのかね。
そのわりには絵が、壊滅的に下手…だと思うのは俺だけじゃねえよな。
一度だけこの人の静物模写を見たことあるが、線はよたってるしパースは狂ってるしでひでえもんだった。
本人もそれを理解しているのか、見るたび抽象画ばかり描いている。
わかる人にはわかるのかもしれんが、その絵すらも俺には何がなんだかさっぱりだ。
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