ああでもまあ。
「色の重なり方はいいかもな」
ふと漏れてしまった声にちらりと視線を向けられる。
内心やべと思いながらも、ほらそこんとことそのあたりを指せば、すげえ勢いで振り返られた。
「うおっ、……な、なんすか」
その勢いの良さと、いつもの2倍は見開かれた目に思わず身構えちまう。
「それ、こないだ先生に褒められたところだ。…てめえやる気なさそうに見えて目がいいじゃねえか」
「…そりゃどうも」
褒められてんだかけなされてんだかわっかんねえ。
その後も前に向き直ろうとしない先輩に、何か続けた方がいいのかと口を開いた。
「あーっと、その、先輩は、その…熱心ですよね」
「まあ、好きでやってるしな。…それにここの雰囲気も嫌いじゃねえ」
「油絵好きなんすか」
「失敗しても直しがきくし、平面じゃ表せられねえ、この独特の質感は好きだな」
キャンバスへと目をやり、表面を撫でるようにして呟く。
「おまえは色を塗らねえのか」
「俺はこれで十分ですよ」
クロッキー帳を指先でとんと叩いて返せば、ほんのわずかにそいつの表情が和らいだ。
「まあ、陰影だけで表現できればそれもおもしれえしな」
この人、けっこう喋るんじゃねえか。
もっと武骨でつんけんしているとばかり思ってた。
今までろくに話したこともなかったが、してみりゃ意外と普通だ。
「今は何を描いてんですか」
「…当ててみろ」
そう言ってずいとイーゼルを向けてくる。
とはいえなあ…
抽象画過ぎて俺にはわかんねえっての。
良さもだが、ここに何が描かれているのかもだ。
折り重なる白と黄、それからこれは何色だ?
とにかく緑やら青やらが混じったのとが左右に広がっている。
色の重なりが羽のように見えなくもないし、伸びやかと言えば伸びやかか…
「うーん……翼か、何かっすかね…」
唸りながらそう答えれば、今度はガッターンと音を立てて立ち上がった。
「うおっ!!」
かろうじて倒れなかったものの、椅子がまだガタコト揺れている。
「……ほんっと何なんすかっ」
先輩はそれには答えず、ちょっと待ってろと美術室の後方へと歩いていく。
行動が突飛すぎてついていけねえ。
未だ騒ぐ胸元を抑えながら先輩の向かった先を見れば、どうやら棚の上に積まれたキャンバスを取ろうとやっきになっているようだった。
悲しいかな、先輩の身長では飛び跳ねても指先が掠める程度だ。
しゃーねえ手伝うかと腰を上げたところで、バランスの崩れたキャンバスが先輩の上になだれ落ちそうになるのが見えた。