企画小説置き場

□こずかたの空
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その週はゼミの合同課題が立てこみ、全員の都合のつく今晩、泊まり込みで終わらせようという話になった。
同期の一人であるジャンが場所を提供してくれるという話になったが、急な話で夕食のこともあり、ひとまずリヴァイさんにLINEを送った。
『わかった。なんでもいいから一度は連絡入れろよ』
しばらくして返信された内容に少しは思いやられているのを感じ、こんなちいさなことで喜んでしまう。
いったん荷物を取りに帰ってからジャンの家へ向かい、ゼミ生5人で作業を進めた。

一息ついた頃がちょうどリヴァイさんの帰宅する時間帯だったから、『おつかれさまです』と送る。
『あったかくして寝てください』とのメッセージに、『ムリすんなよ』と返ってきて心が温かくなった。
それを見ていた同期から、からかいまじりの声がかかる。
「お前んとこマメだなー」
「エレンとこは3年だっけ。たしか同じくらい一緒に住んでんだろ?冷めたりしねえ?」
「しねえよ」
リヴァイさんの方はどうだか知らないが。
マンネリがどうのという話になり、お決まりのエッチの回数にまで話が及んだ。
「うちは遠恋だし、月一がせいぜい。エレンとこは?」
「…週二くらいは」
「え!3年目だろ?多くないか?…おまえすげえなあ」
「誘ってくるのはあっちだ」
「マジで!年上だっけ?うわ〜えっろ!」
「でも年上なら結婚の話とかでるだろ?俺たちの歳じゃさあ…」
「おい!お前らその辺にしとけよ、課題が全然進まねえじゃねえか」
どう答えたもんかと苦々しい気持ちでいると、ジャンが見かねて声をかけた。
リヴァイさんと2人でいるところに偶然出くわしたことのあるジャンは、俺の相手が男だと知っている唯一のダチだった。
目線で助かったと伝えると、アホが、と口パクで返される。
歯に衣着せぬ物言いで悪態ついてばかりだから衝突も多いが、言いたいことを言い合える上にフォローがうまい。
リヴァイさんとのことを知っても態度を変えないでいてくれる、癪だがありがたい存在だ。


その後もたまに他事にそれつつも何とか課題をやり終え、狭いこたつで雑魚寝して学校へ向かった。
あくびをかみ殺しながら授業を受け、バイトを終えてくたくたになって帰宅する。
部屋着に着替えようと寝室に入り、珍しく乱れたベッドに違和感を覚えてそちらに足を向けた。

まるで吸い寄せられるかのように視界に入ってきたのは、真っ白なシーツの上にはらりとこぼれた長い髪。
目にした瞬間、自分の目を疑った。
俺のでもなければ、リヴァイさんのでもない。
俺もリヴァイさんも入浴後でないとベッドに上がるはずがないから、どこかでついた髪って線もない。
それはつまり、……リヴァイさんがこの部屋に女を呼んで、このベッドに寝かせたってことだ。
今朝はぎりぎりまで一緒にいて、ベッドを片す暇もなかったって?
それともこれはわざと残したもので、察しろとか、そういうことか?

「は、は…はは。…なんで…」
乾いた笑いが部屋に残る。
なんで、この部屋だけは連れ込まないとバカみたいに信じてたんだろう。
俺が留守をすれば当たり前に連れ込む、ただそれだけだったのに。
もしかしたら俺が気づかなかっただけで、今までだって。

腹の奥がどす黒いものでいっぱいになって、普段なら仕事中にかけることはないその番号を呼び出した。
今となっては本当に仕事かどうかも怪しいところだ。
電話に出なければ、メールに残しておけばいい。

コール5回ほどで相手が出た。
仕事中だぞという声を遮って、短く告げる。
「もう限界です。別れてください」
「はあ?突然何言いだすんだ」
ちょっと場所変えるから待て、と言うのを押し切って畳みかける。
「リヴァイさんここに、女の人を連れ込んだでしょう」
「…ああ、昨日部署の後輩たちをな。お前が不在だっつったら家に来たいって言い出したんだよ」
「このベッドに、寝かせましたか?」
「潰れたやつがいたんでな」
「その人とやったんですか?」
「は、何言ってんだてめえ」
「泊めたんでしょう、俺の留守の間に!」
「潰れた奴を寝かせただけだ。あんましつこいと切れるぞ」
切れるだって?
大声で笑いとばしてしまいたかった。
「…いまどこにいるんですか?」
「仕事だって言ってるだろうが」
「…っ休日だって!仕事だって言いながら女性と一緒にいたじゃないですか」
海沿いのあの店に、いたでしょう?
そう告げた俺の言葉に、返される言葉はなかった。
お得意の、うまい言い訳すらも。
「女の人が好きならその人にすればいいんだ。俺じゃ結婚もできないし、子供だってつくれない。
 結婚して、家庭作って、幸せに過ごせばいい。俺がいらないなら、邪魔ならちゃんとそう言えばいいんだ…っ」
「エレン。誰もそんなこと言ってないだろう」
とにかく今日はもう帰るから、詳しい話はあとでと切り出すリヴァイさんに、帰ってこなくていいと告げる。
「出ます。こんなベッドじゃ眠れないし、こんな部屋にもいたくない。あなたの顔を見るのだってもうたくさんだ」

「……チッ…勝手にしろ」
ぶちりと電話を切ったあと、それまでが嘘のように嗚咽がこみ上げてきた。
あんなに言いたかったこと全部ぶちまけたのに、心を占めるのは達成感じゃなく苦い後悔ばかりだ。
ずっとため込んでいた澱のようなものは、吐き出したつもりで出口を見いだせずにいる。
ぼろぼろとあふれる涙を拭うのも億劫で、とりあえずここから出なきゃと再びケータイを操った。
「ジャン、ごめん…っ、連日で…悪いっ、今夜もっ泊めて、ほし…っ」
しゃくりあげながらの電話に何かを察したのか、普段悪態づいてばかりのそいつは快く了承してくれた。
とりあえず一日分の着替えと当座の金、PCだけ持って家を出る。
酒でも飲みたい気分だったから、泣きはらした目でコンビニに寄って手土産を購入した。
「おまえ、そんな顔で買いに行ったのかよ」
「うるせえ…おまえも、つきあえ」

水でも飲むように得意でもない酒を飲んで、泣きながら聞かれてもいないのにいろいろ話した。
何度も浮気されてたこと、女の影はいたるところで感じていたが今回何発も決定打をくらったこと、別れたこと、……まだ、好きなこと。
ジャンは最初いやそうに聞いてたけど、俺の事情を知ってんのはこいつだけで、こいつもそれを知ってたから、かまわず話した。
悪いな、でも助かる。
悪態突きながらも耳を傾けてくれる、その普段と変わらない態度がさ。
おかげで俺もうるせえとかバカ野郎とかいつもと変わらない調子でいられたから。

酔いつぶれて寝てしまうぎりぎりになって、一言だけ、弱音を吐いた気がする。
何と言ったか、そもそも声に出したかも覚えてないが、あったかい手が頭に伸びたのを感じて重い瞼を閉じた。


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