私を酔わせて

□転校初日
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『早乙女アヤメです、よろしくお願いします』

黒板に書かれた自分の名前

クラス全体の視線が私に刺さる

目立つのは苦手だが、この瞬間は仕方がない

深々と頭を下げると、まばらな拍手

担任の案内に従い、席に着く

隣の席は昨日出会った世良さんだった

人の顔を見て安心するのは久しぶりだ

よろしくな、と声をかける世良さんに

こちらこそ、と軽く頭を下げた

*****************

やはり人というのは転校生というものに

興味を抱きやすいということを実感した

休み時間がくる度に机を囲まれ

一方的に自己紹介をされる…………

私の記憶力にも限界があるので

彼らには少し落ち着いて欲しい

しかも時間を追う事にクラス外や

学年外のギャラリーも廊下に

増えていったような気がする

知らない人に指を差されるのは非常に

緊張する……遠慮していただきたい

そんな中、彼女達には本当に感謝している

しどろもどろになる私の代わりに

質問の交通整理を受け付け、

過剰になっていく質問内容は

波風が立たない程度に遮断してくれる

私のコミュニケーション能力だけでは

とても今日は切り抜けられなかっただろう

『今日は、ありがとうございました』

放課後、改めてお礼を言う

「こんくらい朝飯前よー」

おちゃらけた感じで鈴木さんが返す

「それにしても早乙女さんすごい人気でしたよね!」

「ま、アヤメちゃん可愛いからね」

『そんなこと……ないですよ
みんな“私”ではなくて“転校生”という生き物に興味を持っているだけで……』

世良さんと毛利さんの言葉を否定するも

またまた〜と鈴木さんも突っかかる

このままこの話が続くのは辛い

この状況を打破しなければ……!

私は最強のカードをオープンした

『そういえばこれ、良かったらどうぞ』

差し出したのはタッパーに詰められた焼き菓子

「美味しそう!どうしたんですか、これ!」

『一応手作りです……』

「凄っ!食べていい!?」

言うが早いか早速焼き菓子を口に運ぶ

「うまっ!本当にこれ手作り!?」

「口説くない甘さっていうのがちょうどいいね」

「本当に美味しいです!早乙女さん凄い!」

反応に安堵しながら私も焼き菓子に

手を伸ばす……自分で食べてみると

少し課題が残る味だ、次はバターを減らそう

「それにしても、量多くない?」

『実は……作りすぎてしまって……』

良かったら少し持って行って下さい、

というと、三者三様に顔を輝かせる

「で、そっちの紙袋は何かな〜?」

『……やっぱ気づきます?』

世良さんの指摘に他の2人も

机に掛けた紙袋の存在に気がついてしまう

『言われる前に言いますけど、昨日のあの方へのお礼の品のつもり、です……』

「やっぱり!てゆーかそれ、私達味見係だったんじゃない!?」

『えっと、……』

あながち嘘でもないので答えに困る

「ハハッ、味はボクが保証するから自信もっていいよ!」

「こんなに貰っていいの?
帰ったらお父さん達にも食べさせてあげよう!コナンくんもきっと喜ぶと思う!」

『……コナンくん?』

「うん、私の家に居候してる男の子なんだ!」

居候、という言葉がどこか突っかかるが

あまり深く突っ込むのは野暮だろう

『では、私はポアロに行ってきます』

「一緒に行きたい所だけど、今日は空手部の活動があるから……」

他の2人も今日は予定があるらしい

『1人でも大丈夫ですよ
今日はありがとうございました
では、また明日』

ピンク色の紙袋を丁寧に机から掴み

軽く手を振りながら教室を後にした
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