短編集・H×H

□初めて、
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ナマエが殺された。



いつかはこんな日が来るだろうとは思っていた。

ナマエが先にしろオレが先にしろ、“そういう”仕事についている以上は常に危険が付きまとう。


オレたちは“裏”の人間だ。

返り討ちに遭うこともあれば恨みを買うことだってある。


色々な意味で死に近い存在なんだ。

命を奪うという意味でも…奪われるという意味でも。


今までそんなの気にしたこともなかった。

気にする必要もないと思っていた。

ナマエと出会うまでは。




アイツも暗殺者としての腕は立つ。

ミョウジ家といえば、裏社会では凄腕の暗殺一家ってことで通ってるし…
まぁゾルディックほどではないけど。


初めて会ったのは…確か2年くらい前の夜。

オレが仕事を終えて帰ろうとした時、向こうから姿を現してきた。


並の人間じゃないことは見てすぐに分かった。

しかも、アイツはオレが殺した男を指差してこう言ったんだ。


「少しいい?その人に用があるの」


初めは、何言ってるんだコイツって思ったよ。

だってこの男はオレのターゲット。もうとっくに死んでるんだから。


だけどそんなこと気にした様子もなく男に近づいて、側にしゃがみ込んだ。

そうして何か呟いた後で…早々に踵を返し立ち去ろうとする。


何をしたのか分からない。

ただ…ほんの少しだけ、なんとなく気になった。


「…待って」


だからオレは、立ち去ろうとするアイツの…ナマエの肩を掴んだんだ。



後から聞いたのは、ナマエはミョウジ家に生まれながら暗殺はあまり好かないらしいこと。

一通り訓練はこなしたようだし、素質はあるから向いているとは思うんだけど…

代わりに、彼女は死んだ人間と生きた人間の“仲介”を主な仕事とする。


特質系の中でも突飛な能力を持つナマエは、死んだ人間の魂を生者の元へ送ることができる。

ただし、
“送り先は1人だけ” “効果は1人につき1度だけ、時間は3分” “発動は1日1回きり” “自分を殺した者の記憶は消える” “殺した者がこの念の使用者ではないこと” “死んだ者が最も大切に想う人の元にしか行けない”
というのが制約らしい。

なかなか厳しい制約だ。
ナマエ本人が殺した相手には使用できないし、対象者にもかなりの規制がかかる。


生死を隔てる壁を越えるっていうのはこういうことだ、ってナマエが言ってた。

まぁこの辺の話は親しくなってから教えて貰ったんだけど…


そう、あの夜からオレたちは時々会うようになった。

能力も気になったけど…何よりナマエ自身に興味が湧いたんだ。


けど…死人の伝言には危険も大量に潜んでる。

要は殺せずに逃げられたとほぼ同義だから。

しかも殺した相手の記憶は消えるから、ナマエに恨みの矛先が向けられることだってあるだろう。


「分かってるよ。分かった上でやってるの。暗殺者が人を救うことなんてできないけど…せめてそれくらいはしてあげたい」

奪った命へのせめてもの償いだよ。

オレが何か言っても、ナマエはそう言うばかりだった。


…でも、結果はどうだ。

殺された女の夫である男が何人もの念能力者を差し向けてナマエを殺した。


お門違いにも程がある。

奴はただ、女を失った悲しみを誰かにぶつけたかっただけなんだ。

その矛先が、彼女の死に関わったというそれだけの繋がりでナマエに向けられたのだ。


勿論、ナマエを殺した奴らもそれらを雇った男も1人残らずオレの手で女の元に送ってやった。

…今更何をしたってナマエは帰ってこないのに。


「…だからもうやめろって言ったんだ」

オマエが死んでどうするんだよ。

殺した奴の記憶が残ったらソイツが狙われるからってそういう制約をつけたのに。

これじゃ意味ないだろ…


自分でもよく分からない気持ちが、オレの心に重くのしかかった。


「………ナマエ、」

呼んだって返事なんか来やしない。

分かってるけど、それでも期待したい自分がいた。

呼べばまたあの笑顔を浮かべて来てくれるんじゃないかって。


「……ナマエ…」

『呼んだ?イルミ』

しまいには幻聴まで聞こえてくる始末だ。

あれ、オレってこんな女々しいキャラだったっけ。


『…大丈夫?』

心配そうに覗き込んでくる顔。

誰だよ、こんな時に……

「………ナマエ?」


名前を呼ぶとニコリと微笑む目の前の“誰か”。

いや……これは、もしかして。

仰々しく頭を下げた彼女は、頭を上げてこう言った。

『仰る通り、ナマエです。“自分の魂”を届けに来ました』
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