鳥籠の闇、竜の鍵
□はじまり、はじまり
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作業を終え、家に入った私はある部屋の前に立っていた。
…一度、小さく深呼吸をして。
ゆっくりとドアを開けた。
「……お母さん。具合はどう?」
部屋の奥のベッドに横たわる人影…
この女性が、私の母親。
お母さんは返事をせず、ただ眼を閉じて眠っていた。
「……今日ね…お父さんが新しい花を買ってきてくれたの。綺麗なんだけど派手でさ……どこに置こうか迷っちゃった、はは」
胸を上下させて呼吸はしているけど、反応することはない。
私は、点滴の繋がったお母さんの手を取りギュッと両手で覆った。
お母さんがこんな風になったのは、私が産まれてすぐのこと。
何の前触れも無かったそうだ。
出産で疲れていたとはいえ、健康だったお母さんが急に目を覚まさなくなったらしい。
医者も原因が分からずお手上げ。
身体の機能自体は正常に働いているのに、まるで眠り続けているかのように反応を示さなくなったって。
私は話に聞いただけだから、詳しい状況とかは分からない。
お父さんが必死に医者を探しているけど、やっぱり駄目みたいで。
…そんな訳だから、私は一度もお母さんと話したことがない。
「………」
どんな人なんだろう。
どんな声なんだろう。
どんな性格なんだろう。
どんな事を話そう。
どんな事を一緒にやろう。
でも、私たちはいつ会えるんだろう。
…ねぇ、お母さん。
早く会いたいよ…。
「ご馳走様。マナ、お父さんはこれから仕事に行ってくる。留守は頼んだぞ」
夕食の席。
お父さんは席を立ち、私にそう告げた。
「え、これから行くの?もう日が落ちる時間なのに」
「取引先まで行かないといけなくてな。少し遠い場所なんだ」
悪いな、と困ったように笑うお父さん。
「2、3日は戻れないから、困った事があったら電話しなさい。それから……」
「分かってるよ、大丈夫。門の外には出ないから」
全く、心配性だなぁ。
もし何かあっても、家には最低1人は使用人がいるし大抵は何とかなるんだから。
「じゃあ行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
玄関でお父さんを送り出した私は、夕食の片付けをしてくれている使用人にお礼を言って自分の部屋に戻った。
「ふー、今日の料理も美味しかったなぁー」
夕食の余韻を噛み締めながら、ぼふん、とベッドにダイブする。
ふかふかの毛布が気持ちいい。
…あ、そういえば。
今日の昼に庭で読んでいた本。
どこにやったっけな……?
続きを読もうとしたのに、どこにも見当たらない。
「あれー……置いてきちゃったかなー…?」
確かあの後すぐにバラに気が行っちゃったから…可能性としてはあり得る。
……うぅ、もう外は暗くなってるのになぁ…
流石にこんな事までやってもらうのも気が引けるし…しょうがない。
私は懐中電灯を持って、暗い庭へと向かった。