鳥籠の闇、竜の鍵

□いざ、旅立ち
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お父さんが怪訝そうな顔をしている。

「……例の件で、何かあったのか?」

例の件…きっと昨晩のことだろう。


「うん…きっかけは、そう」

私は、そんな考えに至った経緯を説明することにした。



「私…その時、必死すぎてどう動いたのかはよく覚えてないんだけど……」

私は右手を机の上に出して続ける。

「この手が……鉤爪のある化け物の手みたいに変わったの…。信じられないかも知れないけど……」


今だって、自分自身ですら信じられない。

だって今まで…普通の人として生きてきたんだもの。


「私、人間じゃ…ないのかもって、思っちゃった……お父さんとお母さんの子供じゃ、ないのかもって……」


お父さん、どんな顔してるかな。


怖くて見れなくて、私はずっと俯きながら話していた。


「ご…ごめん、変な事…言っちゃって……はは、何言ってんだろうね私………」

最後のほうは、声が震えてしまった。


私をこの庭に閉じ込めておいたのは、ただ単にこんな化け物を世に出すわけにはいかないからなのかなって。

お父さんが優しくしてくれたのも、
お母さんが私を産んでくれたって話も…

全部嘘なんじゃないか…って。



怖い。


怖いの。


こんな世界でも、私は幸せだったんだよ?


2人のこと、大好きなのに……



「………!」

気付けば、お父さんの両手が私の右手を包み込んでいた。


「すまない……マナ、すまない………」


………あぁ。


図星ってこと…?


やめてよ、聞きたくないよ。


知りたいって言ったのは私だけど…


「ちゃんと説明することから逃げてしまったせいで、マナを傷付けてしまった……本当にすまない……」


それでも、あなたが謝っているのなんて聞きたくないっ……


「誤解なんだ。お前はちゃんと、私と母さんの娘だよ」



「…………え……?」



今……何て言った?


私が………2人の娘?

子供ってことだよね。
血が繋がってるってことだよね?


「じ…じゃあ、どうして……」

私は右手を握りしめる。


「…ちゃんと説明するべきだな…お前をこれ以上傷付けないためにも」


そして、彼は…

お父さんは、ゆっくりと語り始めた。







そうだな、まずは…マナと母さんの話をしなくてはな……。


念のため言っておくと、私がお前に話した話は本当だ。

母さんはお前を産んだ後、原因不明の病で目を覚まさなくなった…


その理由はまだ分からないんだ。

不甲斐ないな。いくら金を持っていても、母さんを治すことさえできない。


…母さんは、いつ目を覚ますか分からない。

だが、必ず方法を見つける。

それまでは、マナは私が責任を持って育てていこう。

そう決意した。


…そんな矢先だった。


お前が、何者かに襲われたんだ。

船上ウエディングに招待された時の事だ。

お得意様の娘の結婚式でな…

その披露宴に、マナも連れていったんだ。


覚えてないのも無理はない。

随分と昔の話だし、ショックで記憶が曖昧になってもおかしくはないからな。


…話を戻そう。

披露宴の途中…船中の電気が突然切れた。


と思えば、今度は誰かの悲鳴…

当然、船内はパニック状態だ。


私とマナは、その混乱に巻き込まれてバラバラになってしまった。


私はお前を探したが、暗闇と人混みの中ではなかなかそれは叶わない。


次に電気が付いた時には既に…

何者かに殺され動かなくなった新郎と、

気を失い…首筋に傷を負ったお前がいたんだ…


私は、お前を連れて行ったことを後悔した。

同時に考えたのは、常に敷地内に匿っておけば…守ることができるということ。


何としても守る。

私は、マナのためと思い込んで…
本当は自分のためにお前をこの家に縛り付けたんだ…。







「だが…事実、私はお前を守れなかった。本当に私は…何をやってきたんだ…」

項垂れるお父さん。

しかし、すぐに気を取り直したように顔を上げた。


「…いや。まだ話すべきことは残っているんだ…マナ、大丈夫か?少し休憩するか?」


「…ううん。でも、少しだけ言わせて」


嬉しかった。

今までの私の幸せは偽りなんかじゃなかったってことが。

ちゃんと愛されていたんだってことが。


「疑ってごめん、お父さん…私、2人の子供で良かったよ……っ」


まだ、この右手の真相は分からないけど…

それでも幾分か気持ちが軽くなった気がする。


「…でも、分からないことがあるの」

私は首筋の傷に触れながら尋ねる。

「その、船上ウエディングの話…どうして、誰が私を襲ったの?しかも、なんで殺さなかったんだろ…」


多分、船上ウエディングの披露宴って…私が見た夢と同じだ。

電気が消えて、迷子になって、誰かが倒れてた。


私の首の傷、その時のだったんだってようやく合点がいった。


でも、鮮明には覚えてない。

誰が…どうして私を狙ったのか。

そして、なぜ狙っておいてトドメを刺さなかったのか。


「すまないな…それも分からないんだ。事件の後の調査でも決定的な痕跡は見つからなかった」

「え、誰がやったのかもまだ分からないの?」

「あぁ…。まぁ恐らくは何者かに雇われた殺し屋だろうがな。あの新郎は裏で密かに密売をしていたそうだし…」


密売。

それ、新婦さんは知っていたのだろうか。

…どっちにしろ、新婦さんにとっては辛い出来事だろうな……


「お前が狙われてるんじゃないかと心配になったのも事実だ。マナには悪いことをしたな…」

再び項垂れるお父さんを見て、慌てて声をかけた。


「お父さん、私本当に幸せだったんだよ?外に出られなくても、お父さんの気遣いだけで十分だったんだからっ」


そう言うとお父さんは、お前は優しい子だな、と言って私の頭を撫でた。




「…さて、そろそろ続けようか…お前のその手の話なんだが…」

大丈夫か、と尋ねるお父さんを見て、私は頷いた。

「うん…覚悟はできてる。教えて、私のこと」


それを聞くと、お父さんは席を立ち…一冊の本を持ってきた。

…随分と古びた本…


「これは、マナの家系について書かれた本でな…私のではなく、母さんの家系だ」

表紙には、“フローリアの系譜”と書かれている…あれ?


「フローリアって、お母さんの苗字だったの?」

「あぁ。それを読めば分かるが、母さんの一族は必ず苗字を引き継ぐ決まりがあるらしい」

「へぇ……」

珍しいこともあるんだなぁ……


「まずは、フローリア家のルーツを話そう。まぁ、その本と母さんの受け売りだが…」

再び、お父さんは語り始めた。
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