scherzando

□夜咲花儚【本編その4】
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「だって、小さい頃からずっと好きだったんでしょ?初めて抱かれた時も、遊戯くんが部屋に入れたのは君だけじゃないか。今だって、翌朝は指圧ねだりに来るし。何だかんだ言って、懐かれてるのは城之内くんも同じなんだと思うけど?」
「そ、それはそうかもしれないけどよぉ…オレは諦めるって決めたんだ。遊戯が幸せなら、相手がオレじゃなくてもいい。たとえあのいけ好かない野郎でも、遊戯を大切にするなら……」
「じゃ、遊戯くんが攫われて行くのを指銜えて見てるんだ」
 ぐっと詰まってしまった。
「ごめんごめん、ちょっといじめ過ぎちゃったね」
 算盤の上で獏良の指が踊っている。無意識の境地で仕事をこなしている様が何だか恐ろしい。
「でもねー……心配なのはボクも同じなんだよね」
「…海馬、様…が遊戯に何かするってことか?」
「それは無きにしも非ずってとこかもしれないけど、遊戯くんさー……今現在、言っちゃうと絶賛恋愛中なわけじゃない、」
 何だその大売り出しみたいな恋愛は。
「……もしかしたら二年前のこと思い出すかも」
「…それは……それこそ可能性としては無きにしも非ずだなぁ…」
 ぱちぱちと算盤を弾く音だけが室内にこだました。オレも獏良も、何を言っていいかわからないでいる。長いこと、オレたちの間(かなりの広義で)でその事件のことは禁句だったのだから。
「……そうならないことを祈るしか無いよね」
 獏良がぽつりと呟いた。
「…けど、それじゃ遊戯はずっとサイのこと……」
「もし思い出して、遊戯くんが壊れちゃったらどうするの」
 思いの外強い口調に、オレはまた言葉に詰まる。こういう時、オレってまだガキなんだなぁって思う。
「……いつかは言わなきゃいけないんだろ」
「それが今かどうかはわからないでしょ。……瀬人様にその覚悟があるのか…」
「何であいつなんだよ」
 獏良はそれには答えなかった。最後の一つを弾いて、帳簿に書き込む。
「…はい、終わり。そうだ、山城様から差紙とか来てる?」
「いんや、今日はまだだな。……そういや最近、結城様いらしてなくね?」
 最後に姿を見たのが何週間前だろう。ついでに摂津様もそれくらい来ていない。
「…春樹も教えてくれないんだよね…隠し事するなんて珍しいんだけど…」
「ま、いろいろ事情があんだろ。好い人を疑うなよ」
「うーん…」
 
 だけど、何か起こるかも知れない、そんな気配を感じているのはオレだけじゃないんだろう。

   * * *

『……ゆ…あい……かっ…よ…」
 何、聞こえない…。
『でも……こ…な……どう…て…』
 
 聞こえないんだ、すごく声が遠い…。


『………』
 気が付いたら、オレは腕の中に人を抱いて座り込んでいた。何でこんなことをしているのかわからない。月が、満月がオレたちの身体を照らしていた。
 じわっと、太股が濡れるような感触がする。何かと思って手を這わせると、
(……血…なのか…?)
 オレはどこも怪我をしていない。だったらこいつの…?
『…泣く…な…』
『…え…?』
 泣いている自覚なんて全然ない。そう言われて初めて自分の頬に触れた。その手に良く知った手が重ねられる。
『…すまないな、遊戯…』
 
 その手が、ずるりと力を無くす。

 血だけじゃない、喉の奥から息が漏れるような、

 死が迫っている。オレは看取ろうとしている。


 視線を落とした。







 
 その男は、瀬人だった。







「―――…っっ!!…はぁっ…はぁっ…はっ…」
 
 飛び起きた。
 
  
 慌てて両手を月明かりにかざし、血など一滴もついてはいないことを必死に確認した。
 身体が冷たい。寝間着を気持ち悪く濡らすほどに冷や汗を全身にかいている。動悸が止まらない。


 なんて夢だ。


「……どうかしたのか…?」
 隣で寝ていた瀬人が身体を起こす。ちゃんと生きているかどうか確かめたくて、その胸に縋りついて心音に耳を澄ました。
 あぁ、ちゃんと聞こえる…。
「…遊戯…?」
「……っ…夢…っ…」
 自分でも酷く幼い泣き声になっているのはわかっていた。けれど、こうでもしないと不安で圧し潰されてしまいそうだ。
 瀬人はオレを抱き締めたまま横になると、そっと頭を撫でてくる。
「…どんな…?」
「いっ…言いたくない…っ…」
 言ったら現実になってしまいそうな気がして怖かった。気が狂いそうなほど怯えている。
「……これで安心出来るのか…?」
 何度も頷く。瀬人から離れたくないと、こうまで思ったのは初めてだ。
「…ならば、一晩中こうしていよう…」
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