scherzando
□夜咲花儚【恋椿】
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遊戯は見世に帰ると、手早く湯を浴び、緋襦袢を着込んで鏡台の前に座った。
本当に薄くだが白粉を塗り、紅を差して、髪を結い上げる。手入れを怠らないで今まで来た髪は、少しだけ結びにくかった。
「……」
あとは仕掛けを羽織るだけ、というところまで着て、ふと瀬人が着せてくれた彼の羽織が視界に入った。
おもむろに近寄り、手に取って、袖を通して見る。
「……大き…」
暗い色のそれは、遊戯の身体をすっぽりと包んだ。程良い重量感、大きさ、そして………
「……瀬人様の匂い…」
と言うよりは、彼が愛用しているらしい香水の香りだろう。もう嗅ぎ慣れて、自分の身体にも染み着く頃かもしれない。
瀬人に抱き締められる度に、胸一杯に吸い込んで、少しでも瀬人の名残を留めようとして。
今も、こうしているだけで幸せな気分になれる気がする。
遊戯はしばらく自分自身を抱き締めるようにした後、着た時同様そっと脱いで褥に置いた。今夜、仕事が終わったら、これにくるまって眠ろうと思う。そうして浄化されよう、と。
「……さて、と…」
そして、押し入れからある仕掛けを取り出して、ばさっと羽織った。
黒地に、金糸で縁取られた紅い椿の仕掛け。
何にも染まらない黒と、高潔を花言葉に掲げる椿。
けれど、今日の客のような男を相手にするから、ではない。
「……失礼します、遊戯です」
「ほう…君があの。……海馬殿と好い仲だと聞いているが?」
顔を上げた先には、舐め回すように自分を眺めるいやらしい視線。
が、遊戯は襖を閉め、近寄ってにこりと微笑みかけた。
「……意地悪を仰るんですね。根も葉も無い噂ですのに……それを理由に可愛がって下さらないおつもりですか?」
「ははは、まさか!」
男は笑うと、ぐいっと遊戯を引き寄せる。されるがままになりながら、遊戯はそっといつものように不敵に笑んだ。
覚悟していろ、と。
褥に押し倒され、遊戯は白い肌を惜しげもなく曝した。男は、すでに余裕が無さそうに息を荒くしている。
一服、盛ってやったのだ。
遊戯は脱がされ放られたあの椿の仕掛けを横目で見遣った。
あれは、サイモンと離ればなれになったその後に作らせた。瀬人と出会ってから着るのを忘れていたのだが、再び着る時が来た、と思ったのだ。
自戒の意味を込めようと選んだ色は、黒。もう誰にも心を傾けない。
それでも駄目なら、と選んだ花は、椿。数ある花言葉の中で意識したのは、
『控えめな愛』。
何よりも椿の散り様は実に潔く、美しいから。
首から、ぽとりと、落ちて、全て、終わる。一瞬で。苦痛すら感じる暇もなく。
叶わぬなら、いっそ一思いに
【終】