scherzando

□夜咲花儚【本編その3】
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【茶屋遊戯】



「……お久しゅうございます」
 座敷の襖を開けて、遊戯は頭を下げた。
 海馬邸での一件からすでに三日、まさに久しぶりに顔を見せたのは浅倉実である。
「……恭信殿は見えていないみたいだね」
「…ご安心下さい、春樹様もお見えになっていません」
 浅倉は苦笑いした。
「…大楠のやつは、春樹殿から逃げている最中に足を滑らせて階段から落下、片足を捻挫、もう一方は骨折だってさ」
「……オレが取り乱したせいで……申し訳ございません…」
「いやいや、あいつも行動範囲が狭まってちょうどいいんじゃないかな、他人に迷惑かけないし。けど遊戯、今までそんな他人行儀な話し方で我慢していたなんて……自分でも不思議だよ。ね、この前大楠に勝負ふっかけた時みたいな感じで全然いいんだけど」
「え…あ、あの時はちょっと…」
『恭信様を引っ張り出すために、せこい手で義昭様に注ぎ込んだチップ全部賭けてオレと勝負しろ』
 すでに敬語ですらないが、妙にはまっていて「恭信様」「義昭様」が不自然に聞こえたほどだ。
 強引な大楠に押し負けてイカサマの片棒を担がされていた浅倉は、遊戯の見事なプレイテクニックに圧倒される大楠を、いい気味だと思って傍観していた。…というよりは、身体の線も露な洋装を堪能していた。着ている方が淫ら、とは正にこのことだと思ってその他大勢と同じように眺めていたのだ。
「本当に嫌な思いをさせたね、大楠も悔し紛れであんなこと言って……まぁ、僕が注意する前に、春樹殿に制裁されて、昨日なんか朝から晩まで義昭殿が怒りをぶつけに来ていたらしいから」
 実のところ(遊戯はもちろん浅倉も知らないが)大楠の暴言の後、過剰な反応を示したのは春樹や義昭だけでなく、新たな魅力(?)の発見でさらに遊戯を欲していた上客たちも、それぞれ大楠に制裁を加えに行ったのである。傷付いた遊戯の泣き顔を一目見ようと、走り去って行った遊戯を探した若様が予想以上に多かったことは言うまでもない。完全に下心ありなのだが。
「ほら、あの時みたいに」
「…っ…意地悪を仰らないで下さい…。今のオレは浅倉様のお相手を務めさせて頂く娼妓でございます。お仕えはしても、お客様の前でそんな…」
「……もう、遊戯は猫を被るのが上手いんだから。そのお化粧と衣装が無ければ、やんちゃなところを見せてくれるのかな?」
 浅倉は悪戯っぽく笑うと(義昭よりも一つ上のはずなのに子供っぽい)、持ってきた風呂敷の包みを解いた。
「詫びも兼ねてね、遊戯が好きなお饅頭」
「あ、これ…!すごい人気で皆並ぶっていう……浅倉様、わざわざ…?」
「嫌だなぁ、家が近くだからだって。遠慮しないでどうぞ」
 それはすでに嘘だとバレている。恭信が朝早くに店に並ぶ浅倉を目撃しているからだ。
「ん!おいしい…浅倉様は召し上がりました?」
「いや?甘いものはちょっと苦手だからね」
 それも嘘だ。何軒も和菓子屋を知っている男が甘党でないはずがない。
「……なら、一口だけでも召し上がったらいかがです?」
 気を使ってここまでしてくれる浅倉を突き放す気にもなれず、遊戯はまさに猫のようにすり寄って菓子を差し出した。必殺・上目遣い。百戦錬磨の獏良から教わった技である。
「……そんな目で見られたら変な気を起こしちゃうよ」
「変な気…?どんなものか教えて下さいます?」
「…っ…意地悪はどっちだい…」
 浅倉は遊戯の身体を抱き寄せると、食べかけの饅頭にばくりと噛み付いた。
「恭信殿に義昭殿、その他大勢に加えて瀬人殿がご執心の傾城に手出すなんて勇気、僕には無いのわかってるだろ?」
 ふがふが言いながら饅頭を頬張り、そう言いつつも遊戯の腰を撫でさすっている。
 が、遊戯がそのままにさせているのは、浅倉の言葉が引っかかっているからに過ぎない。
「………浅倉様、お戯れはおよし下さい?」
「あいたたた、ちょっとした出来心だってば」
「そんなことをなさるくらいなら、一思いに抱いてくださればいいのに。焦らすなんて嫌なお方」
 遊戯は怒った風に浅倉の胸を押して身体を離すと、つんとそっぽを向いた。
「…怒らないでくれよ、遊戯」
「嫌です。そうやって触るばかりでその気になって下さらないのは…どうせ陰間だからでしょう」
「遊戯〜…」
 人の良い浅倉はあっさり遊戯の演技に騙されて、下がり眉を一層情けなく下がらせた。
「その上わけのわからない誤解までっ」
「誤解…?」
 遊戯は相変わらず演技を続ける。浅倉が手を握ってきても反応しない。
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