scherzando
□夜咲花儚【恋椿】
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きっと、無理だから
恋椿
「…瀬人様」
「瀬人様ってば…!」
「せーとーさーまっ」
「……うるさい」
「わっ…?!」
瀬人は布団の中からにゅっと手を伸ばし、顔を覗き込んでいるであろう遊戯の頭を引き寄せた。
柔らかい唇の感触が気持ちいい。
「ん…っ…も、やだ…」
「やだ、ではないだろう…」
正しくは「もっと」のはず。
「オレの眠りを妨げておいてただで済むと思うなよ…?」
「…っ…ん…」
瀬人は半身を起こして遊戯を自分の下に組敷く。遊戯の長い髪が、さらさらと褥に広がった。
「…瀬人様のスケベ…」
「何とでも言うがいい…」
そんな瞳でそんな言葉を吐いても、説得力など皆無。紫水晶は妖艶に瀬人を誘っているのだ。
「……瀬人様の口付け…嫌い…」
口付けの合間にそんなことを囁かれ、心外だと瀬人はわずかに眉を顰める。
遊戯は思った。
(…この先は……ないのに…)
戯れで済ませてくれない。熱くて激しくて、先の行為を欲してしまいそうになる。
男たちに蹂躙されて泣く日々を送ってきたはずなのに。
この男だけ例外であるという保証はないのに。
触れられる度に自分がこの男に惹かれていくのが分かってしまう。
身分は天と地ほどの差、そもそも男同士。瀬人の名に傷をつけることはあっても、名家の令嬢のように彼の得になることなど何一つしてやれない。
こんなことで苦しむくらいなら、やめた方がいい。知らなかったことにすれば。出会わなかったことにすれば。
いっそ、ただの性欲処理の玩具にして欲しい。思う存分弄んで、なぶって、壊して、そして捨て置いてくれればいい。
そうしたら、少しだけ泣いて、傷を嘆いて、また立ち直ればいいだけの話なのだから。
たった一回の繋がりでも、持ってしまったらきっと踏みとどまれない、捨てられたらきっと立ち直れない。わかっていながら願ってしまうのだ。それでもいいから、と。
それほどに、焦がれている。
「……遊戯…?」
瀬人の蒼い瞳が困惑の色に染まっている。いつ見ても綺麗過ぎて見惚れる指は、そっと頬を撫でた。
「…そんなに嫌か…?」
「…?」
口付けが目尻に落とされる。
自分は泣いているのだと、やっと気付いた。
「…ううん、もう次の客のところに行かなきゃだから」
半分は本音だ。
「…買い切りにしてやる」
買い切り、とはその晩ずっと娼妓を独占することを言う。もちろん、莫大な金がかかる、華族の特権だ。
「…ダメだぜ。今日は仕事、あるんだろ?瀬人様がいないのに休むわけにはいかない、オレもちゃんと仕事しなきゃ」
他の男に、肌を許すために、瀬人を帰す。これも仕事。
「…仕事などいくらでも…」
「あんまりオレを甘やかすな。安心しろ、瀬人様だけだから、この部屋に通すの」
遊戯は涙を拭うと、いつものように悪戯っぽく微笑んで見せた。
相変わらず複雑な表情のまま、瀬人はふっと遊戯の首筋に顔を埋めた。
「……行かせたくないんだ…」
そのままぎゅ…と遊戯を抱き締める。その体温が、心音が、全てが互いを感じさせ、そして隔てているのだと思う。
酷くもどかしい。一つでないことが、
一つになってはいけないことが。
愛のある行為は、ない行為よりも相手をきっと、深く傷付けてしまうから。結ばれることなど無いのだと、はっきりと認識したくもさせたくもない。
想うが故に、肝心なことは言えず終いで。
「たかが一晩だろ…?」
誰に言い聞かせているのやら。