scherzando

□夜咲花儚【本編その3】
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「海馬様とは何の関係もございません。オレが誰にでも身体を許しているような言い方なさるなんて」
「えっ…!?」
 浅倉の驚き様に、驚いたのは遊戯の方だ。
「…いかがなさいました?」
「いや、だって…瀬人殿に結構しつこく遊戯のこと聞かれたからさ」
「……本当に?」
「そんなことで嘘をつくわけがないだろ?それに、その現場に義昭殿が居合わせたもんだから大変だったんだよ」
 浅倉は素知らぬ顔で饅頭を掴むと、また頬張った。懲りずに遊戯の腰に手を這わせる。
「浅倉様っ」
「ごめんごめん。それでね、この茶屋の名前を言おうとした瞬間に、義昭殿がたまたま呼びかけてきて」
 また人の会話を遮ったらしい。遊戯は思ったが、その「たまたま」だって怪しいものだ。
「二人とも敬語使っているのにすごい刺々しくてさ…ああいうのを空気が凍るって言うんだろうね、社交辞令に社交辞令を重ねて、聞いている僕の方が焦っちゃうような嫌味の言い合いだったんだから」
 あの瀬人に、義昭が口で勝てるとは思えないのだが。遊戯の本音だ。
「…ま、最終的には義昭殿の劣勢だったかな…」
 やっぱり。
 遊戯は最大限可愛らしく首を傾げた。
「…海馬様とはまだ一度しかお会いしたことがございませんのに」
「ねぇ?何でも、もう一度勝負したいとか何とか……カードしたのかい?」
「…えぇ、まぁ…」
 「勝負」があの書庫でのことを指しているのに気付いて、平静を装うのが難しい遊戯である。
(…もう一度勝負したいって……まさかな…?)
 けれど、この妙な感覚は何なのだろう、と遊戯はそっと唇に指を這わせた。

   * * *

「あっれー?瀬人くんじゃないの」
 吉原の門の前で立ち往生していると(どうもこの街の雰囲気はオレに合わない)、背後から素っ頓狂な声が聞こえてかた。暫く前に社交の場で出来た友人、志摩春樹殿だ。オレの何が気に入ったのかは知らないが、親し気に話しかけてくることが多い。そのおかげで、かの有名な結城恭信殿、政界の重鎮である山城殿(何でも春樹殿も世話になっているとか)たちと親しくなることが出来た。
「どしたのー?こんなところで」
 彼独特の、省いてはいけない母音を省き、必要以上に語尾を伸ばすという喋り方にも慣れてきたところだ。
「春樹殿…」
 振り向くと、春樹殿の少し後ろに控えた遊女が静かに会釈した。何故そうわかったかと言えば、彼女が前帯で着物を着ていたからである。
「瀬人くんが吉原とは珍しいねー…っていうか初めてじゃない?何、ちょっと身体疼いちゃったー?」
「いや、そういう…」
 あまりに下品な質問に閉口していると、顔を上げたその遊女が持っていた巾着で思い切り春樹殿の頭を殴った。
「いったー…!了、ふざけて言っただけだからっ!」
 あれを白い目と言うのだろう。あまり興味が無いオレでも美人だと思った「了」は、今度はぽっくりの踵で春樹殿の足を踏む。……かなり痛いだろう。

「痛っ!痛いよ了!結構本気で痛いんだからーっ!!」
「自業自得」
 それだけ言うと、巾着を春樹殿に押し付けて「了」は吉原の門をくぐってしまった。
「もー…せっかくおそろいで買った友禅なのにさー…」
「……今のは…?」
「あぁ、瀬人くんには話してなかったっけねー。オレの幼なじみで獏良了っていうんだ。吉原に月行ちゃんが茶屋持っているのは知っているよねー?そこの事実上の経営をしているのが了」
 幼なじみか、だとしたら先程の態度も頷ける。
「了はオレがああいうこと言うのすっごく嫌がるんだよー…男だったらわかるはずなのにね?」
「…そう、ですかね…」
 曖昧に返事をしておいたが、はたと気がついた。
「…男…?」
「あれ、了が男の子だって言ってなかったっけー?正真正銘、瀬人くんより一つ年上の男だよ」
 わけがわからない。そう言えば、あの遊戯だって男のはずなのにバカ息子に襲われていた。……オレが、勢いであんなことをしたのは棚に上げておく。
「……もしかして、瀬人くんは陰間って知らないー?」
「陰間……歌舞伎の…」
「あぁ、違う違う。もともとの意味はそこなんだろうけど、俺が言っているのはここに住んで遊女と同じことを強いられている男の子のこと、了みたいにね」
「遊女と同じ……もしや遊戯殿も」
 オレの口からその名前が出たのがよほどの驚きだったらしく、春樹殿は穴が開く程オレの顔を見つめてきた。
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