scherzando

□夜咲花儚【本編その4】
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【夢遊戯】



ものすごく気に入らない。
何が気に入らないって?
あの男だ。
あの海馬瀬人という男。
すました顔しやがって、絶対遊戯の身体目当てに違いない。
遊戯も遊戯だ。
あいつが来る日は何分もかけて仕掛けを選んでいる。化粧も時間がかかる。
読めない本を苦労して(これが楽しそうだからなお悔しい)めくっている。
海馬がそれを褒め上げれば、満更でもなさそうに反応する。
次はいつ来る?などと玄関先で聞いている。


あぁ、本当に気に入らねぇっ!!


「城之内くん、すごい顔してるよ〜…?」
 毎月の月行への報告のため、自室で決算をしていた最中だった。上客の相手をした獏良が、風呂から出てオレの様子を見に来たのだ。
「ごめんね〜…決算やらせちゃって…疲れてるでしょ?」
「いいや、ちょっと考え事してただけだぜ」
 オレの役職は番頭。銭湯の番頭…っていうのとはちょっと違って、茶屋に来た差紙(揚屋に来てもらいたい陰間の名前を書いた紙だ)への対応とか、こういう決算に加えて、遊郭で言う番頭新造の役目もする。つまり、遊戯や獏良たちの世話をする禿(これも遊郭での言葉だけど)の親分ってところだ。
 だからオレはずっと遊戯を見て来たわけで。
 懐くも懐かないも手に取るようにわかる。
 結城様のような根っからの人格者ならまだしも、海馬は絶対に仮面を被ってやがる。そのくせ、摂津様よりも頭が良いときた。大楠くらいに乱暴だったら堂々と憎めるのにそうでもない。浅倉様のように下心が無ければ安心なのだが、そういうわけでもない。春樹様みたいにとっつきやすい人間はそもそも少ないとしても、とっつき悪い方から教えた方が絶対早い。
 加えて、世間知らず。
 一応ウチの茶屋も吉原の慣習には従うことになっているので、海馬も遊戯を三度目に揚げた時には馴染みとして祝儀を持って来た。馴染金の定めは昔で言う二両二分。奴の持参は軽く二倍以上。
 そんな奴を座敷ではなく私室に上げる遊戯の気が知れない。
 座敷であれば、慣習だからと言って三度目までは枕を交わす必要が無い。それなのに、前に会ったことがあるそうで、初会から私室に通す。二階の一番奥の遊戯の部屋で何が起ころうと、一階の玄関先にいるオレが気付けるはずも無い。
 つまり、遊戯は奴に何をされようと、オレに助けを求める気はないということだ。
 …さらに進んで、そんなことをしない奴だと信頼しきっているとしたら…
 そんなの信じたくない。
「おーい、城之内く〜ん?」
 獏良がオレの目の前でぶんぶんと手を振った。
「……なぁ、海馬…様、どう思う?」
「え?瀬人様?」
 全然進まない決算を不思議に思っていたらしいが、ようやくそれで納得という顔をした。
「…そっか。そうだよね、気になるよね」
「……当然気になる。暫くぶりにあんな顔をする遊戯を見たからな」
 幼馴染に対するオレの微妙な恋心は、とっくの昔に獏良にはバレていた。獏良はオレを応援してくれるのだが、あまりに長い付き合いのため遊戯とオレがそういう雰囲気になることは皆無。遊戯にとってオレは良い相談相手、幼馴染であって、そういう関係の対象ではないと、実のところ割り切れている。
 けれどオレは保護者的に、オレが認めた客以外が遊戯に近付くと、しばしば不機嫌になってしまう。
「良い人だよ?少なくとも、遊戯くんがあんなに懐いちゃうくらいには」
「それが問題だってんだよ。いつか絶対組み敷かれて泣く日が来るんだぜ?オレは泣いている遊戯を想像するだけでこう……言い様が無い怒りに駆られる……あぁ、ぶっ飛ばしてぇ」
「駄目だよ?お客さま相手に乱暴働いちゃ。瀬人様はサイモン様のことを知らないけれど、気遣ってはいるみたいだし……あの様子じゃそういう繋がりは持たないかも知れないよ?」
 言いたくなかったのに、言わなければならないようだ。
「……違う。あいつが求めなくても、いつか遊戯が自分から許すに決まってる」
「…まぁ、そう言われればそんな気もする、けど…」
「最近の遊戯は……サイモンに抱かれた時と同じ目をしてる…。恋焦がれてるだけなら純粋でいいんだけどよ、男を惑わせるっつーか……いつの間にあんな艶っぽい目つきするようになったんだ!?」
 海馬が遊戯を吉原の外へ連れ出して帰ってきた時、その横顔を見つめる瞳に愕然とした。
 熱に浮かされたような、それでいて切ない、他の誰にもしたことのないような瞳をしていたのだ。瞬間、オレは奴に完全に負けたと思ったのだが、それであっさり納得するオレではない。
 オレが認めるまでは、遊戯の身体に(その意味で)指一本触れさせない。
「ここはダチとして遊戯の貞操を守る使命があんだよ」
「ダチ、ねぇ…?」
「あ、信じてねぇだろ!」
「うん」
 獏良はオレの代わりに算盤を弾きながら、何の躊躇いもなく頷いた。
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