scherzando

□夜咲花儚【恋椿】
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 今夜の客は、別の見世で遊戯と同じ格の陰間を「壊す」寸前まで責めた男だ。若さ故の無茶なのかと思えば、生来の性格らしく。あまりに素行が悪いため、吉原への出入り禁止が決定されたのだ。
 その方法は多岐に渡るが、吉原最恐の異名を取る太夫のいる『童実野』では、閨で思い切り恥をかかせてやるのが定石になっていた。
 事実、遊戯にも、あの手この手で出入り禁止を食らわせた客が二桁近くはいる。
 月行が聞いたら卒倒しそうだが、これも平穏を守るためには必要な「仕事」なのだと遊戯は思っている。


 怖くない、と言えば確かに嘘になるが。


「…えっ…?あ、すまない聞いてなかった…」
「お前は…」
 瀬人に名前を呼ばれて、慌てて意識を戻した。あれからのろのろと身支度を整え、瀬人を大門まで送っている最中だ。また雨を降らせたな、と内心笑ったばかりだった。
「当たっている」
「は?」
「傘だ、傘」
 気付けば、遊戯の傘を差し掛けている腕は大分下がり、瀬人の頭にぶつかっていた。
「ほら、貸してみろ。……最初からこうすれば良かったのだ」
「……お客さまにそんな…」
 遊戯が、仕事だ、と抗議しようとすると、瀬人は鼻で笑う。
「もう少し背が伸びてから言うのだな」
「…っ…どうせオレはちびだぜ…」
 瀬人は拗ねた遊戯の肩を抱き寄せ、雨で濡れないようにしてやりながら、今度は優しく微笑んだ。
「悪かった、そのくらいが可愛らしくてちょうどいい」
「……嬉しくない」
「素直ではないな。……それはまた次に論議するとして、まさか遊戯。先程までの話も聞いていなかったのか?」
 遊戯は首を横に振った。
「いや?来週見に行く反物の話だろ?」
「あぁ。少し調べたんだが、椿の柄はどうだ?鮮やかな赤の」

「……何で椿なんだ…?」

 遊戯の声は少し震えた。
 が、瀬人はそれには気付かず、上機嫌で話し続ける。
「花言葉が、『可愛らしさ』や『気取らない優美さ・上品さ』『高潔な理性』だそうだ。お前に良く合う。しかも紅はきっとお前の白い肌や艶やかな髪に映えるぞ」
「…褒め過ぎだぜ、何も出ないからな」
「それを纏った時にはさらに褒め倒してやろう。さぞかし美しいに違いない」
「………ありがと」
 

 かなりゆっくりと歩いたはずなのに、大門に着くのは早かった。
「……じゃあ、お気をつけて」
「あぁ」
「…またのお越しの際は、御贔屓に」
「決まっているだろう」
「…決まり文句だから」
 瀬人は遊戯に傘を持たせると、自分の着ていた羽織を脱ぎ、遊戯の肩に掛けた。
「春とは言え、雨の夜は寒い」
「…っでも、見世なんかすぐだし…」
「大門などすぐなのに、お前はこうして送ってくれただろう?」
 それは仕事だから、そう言うのは簡単だが、瀬人を傷付けてしまいそうな気がした。それに、構わないと言われても送りに来たのは、遊戯の意志だ。
「…うん、ありがとな」
「いや」
 瀬人は遊戯の額に軽く口付けると、傘を差して遊戯に背を向けた。遊戯はその背中に一礼してから、踵を返す。



 振り返るな、



 きっと今振り返っても、相手の背中を見つめることになるだけ。






 どうして、同じことを考えているなどと、わかるだろう。

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