無気力少女は裏切りに生きる
□第二夜 利害一致の悪徳契約
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「……は?」
予想外の言葉に、妙な対抗心を燃やして保っていた営業スマイルを消した。(フェリドの笑顔スキルを目の当たりにすると対抗心が、ね)
「ほら、君って人間だから、スパイになって欲しいなぁって。人間なら怪しまれないでしょ?」
「……私が、従うとでも?」
尋ねると、彼は本日最高潮の満面の笑顔になった。
悪い予感しかしない。
そしてその予感は、当たった。
「君だって、元の世界に帰りたいでしょう?」
思考が、止まった。
「!?……何故、それを?」
取り乱さないよう、感情が溢れないよう、静かに言葉を紡ぐ。
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
真剣に訊いても、フェリドの態度は相変わらず。
「……」
「まあ、一つ言えることは、僕に協力すれば君は帰れるかもってことだけだよ」
さらに思考が乱れる。
そんな都合の良いことなんてない。彼が知る筈ない。そんなことしちゃいけない。原作をこれ以上崩しちゃいけない。ここに希望なんてない。何も……
この世界に希望なんて、無い。
自分に言い聞かせ続ける。
「簡単なことじゃない。君は僕に従えば良い。この世界の人間がどうなろうと君には関係ないんだから」
しかし、一度希望の光を見た人間は、それに縋らずにはいられない。
「……人間って、どうしてこんなに欲深いんでしょうかね。諦めたことでも、希望を見つけてしまえば自分を制御するのも一苦労ですよ」
言って、自嘲を込めた笑みを浮かべた。
「なら、制御しなければ良い。人間らしく、欲深く、希望に縋り付けば良い」
フェリドは、そんな私に軽蔑の込められた笑顔浮かべてそう返す。
そして彼の言葉は、さながら麻薬のように心をを捉えた。
「……それも案外、悪く無いかもしれませんね」
そう、そんな選択も、ありかもしれない。
「あはぁ、そうでしょ?」
そう言う私に、彼は手を差し出してきた。
恐る恐る、私も手を伸ばす。
ーーそして私は、その手を取った。
それだけでは終わらず、フェリドはそのまま私の手を引き、
…………指先に口付けた。
「な……」
「指先へのキスは称賛の証。人間でありながら吸血鬼に従うことを自ら選択した君を称えてあげるよ、黒沢琴音ちゃん」
いや証とかそんなんどーでも良いですちょっと何してんの、などと言える筈もなく。
「……利害が、一致したので」
冗談とはいえど称えられる要素など皆無……指先に口付けなど、一体なんのつもりなんだ。
いや、指先なんてまだマシか? 思考がまとまらない。
とりあえず私は、すぐ彼から距離を取って部屋のドアを開けた。
「も、もう用が終わったなら、ここれで失礼します」
扉の外では、私を連れて来た吸血鬼が待ち伏せ(って言い方は違うか)していた。
私が出て来たのを見て、吸血鬼は踵を返し歩き出す。
それについて行こうと扉を閉めかけた時。
「外に出たくない理由、なんでウイルスのことは言わないのかなぁ?」
目を見開きそうになるも堪えて、扉を閉めた。
流石に漫画の世界だから、ウイルスはもう大丈夫だと知ってるって、言えないもんね。
ボロが出てしまいました。
こうして私は、第七始祖フェリド・バートリーの駒となった。