無気力少女は裏切りに生きる
□第五夜 虚像の憎悪
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「失礼します、グレン中佐。吸血鬼の都市の脱走者を連れて来ました」
「おう、入れ」
帝鬼軍の人に連れられて来たのは、漫画で見たことのあるグレンの部屋だった。
確か君月がここに来てたんだっけ。
グレンは、私を値踏みするように、数秒程見つめた。
居心地悪いなあ、と思いつつも表情筋はぴくりとも動かさない。
「ほう、お前が……。よし、お前は下がれ」
私をここに連れて来た青年をちらりと見てそう言うと、彼はそそくさと部屋を後にした。
「まあ、とりあえず名前はなんだ?」
予想と違い常識的な話の切り出し方だ。
「黒沢弥影と言います。……本名かどうか危うくはありますが」
ぼそりと付け足すと、中佐は「そうか」と言って、言葉を続けた。
「で、面倒だから他の質問全部すっ飛ばして訊くけど、お前は……吸血鬼が憎いか?」
いきなりその質問ですか、っていうか、この質問に上手く答えることが特に重要なんだ、気を引き締めなくては。
「…………憎い、です。何もかも壊したって足りないくらい」
憎い、憎いさ。
……この世界が。
あくまでも憎悪を前面に押し出して答えた。
普段は絶対に動かさない眉間の辺りに力を込めて、"最も憎い物"を思い浮かべる。
吸血鬼が憎いのは嘘だが、憎いという言葉自体は本物。
既に私の戦闘能力は聞いている筈だから、今この瞬間に信じて貰えるかが最も重要だ。
グレンにこの虚像を、見破らせはしない。
彼は数秒私を見ると、フッと笑った。
「……なら、お前を利用させてもらうぞ」
たとえ、利用し利用されても、人体実験されたとしても、孤独でも苦しくても、
「ええ、喜んで」
……私は、あの家に、帰る。