連れてって
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「ワシらは、陽泉サンと別れて4階へ向かったんや」
今吉が、静かに話し始めた。
「4階に上がってすぐ、誰かが階段を上がってくる音がした。陽泉サンは1階から見とる訳やし、その内の誰かっちゅー考えは無かったわ」
「青峰が家庭科室のドア開いてんのに気付いて、咄嗟にその中に入ったんだ」
そしたら人体模型が家庭科室の前を通っていって、
「せや、そん時やな……下から物音がしたんわ」
「ああ。それで人体模型は奥の階段から下に行った」
「きっと、その物音というのは雅が教室から飛び出した時の音でしょう。それなら話の辻褄があう」
「それからすぐ、青峰が雅の声が聞こえたって言い始めたんだよな」
「はっきり聞こえたぜ」
─助けて…!─
あれは、気のせいでも空耳でもない。ましてや幻聴だなんて、あり得ない。はっきり聞こえたのだ。否、感じたのかもしれない。
どちらにせよ、それのおかげで青峰は雅を助けられたのだ。
「大輝は血縁者だからな。虫の知らせというものかもしれない。それよりも気になるのは、」
「人体模型が何を狙っているのか、ですね」
「狙ってる…?」
「追いかけるっちゅーことは、何か狙いがあるはずやな」
雅は、はっと顔を上げた。
「心臓…」
「心臓?何スかそれ」
「黄瀬、心臓わかんねーのか?俺でもわかんぞ」
「そーいう意味じゃないッス!」
「あの人体模型、心臓が無かった。それに、ずっと心臓、て言ってて、」
「俺が蹴っ飛ばした時は聞えなかったぜ」
それはお前が聞いてなかっただけだ。
一同がそう思っただろう。
しかし、聞こえなくて正解なのだ。
「家庭科室にいた時も、ずっと言ってたよ…」
「えっ…スミマセン、僕は聞こえませんでした」
「俺も聞えなかったぜ?」
「でも、ずっと声が、」
「……そういや、あん時雅は耳塞いどったな。ずっと声がしてたから、」
「は、はい…」
雅しか触れない日記と、雅にしか聞こえない声。
狙いは彼女なのか。
それとも、彼女に何かを訴えているのか。
この場で、一番危険に曝されているのも、一番重要なのも、雅だということだ。
「実はさっき、大輝達が戻る前に陽泉の話を聞いたんだが」
「あ?」
「1階の、一番奥の部屋で鍵を見つけたらしい」
「さっきの日記みたいに触れなかったけどね〜」
「まるで見えないガラスの箱に入っているみたいに、鍵を取ることを妨げられているようだったよ」
ということは、雅が行かねばならない、ということだ。
「行かせられる訳ねぇだろうが。姉貴は狙われてんだぞ」
「まだ推測だ。しかし、この廃校から脱する手立ては雅にしか触れられない。推測より事実を優先させるべきだろう」
「赤司テメェ…!」
「大輝! 私は、大丈夫だから、」
「何が大丈夫なんだよ。こんな手ぇ冷えるくらいビビってんだろ!大体、走ればまた喘息が…!」
そうだ。
雅は喘息を持っていて、あまり走れない。まったくダメだという訳ではないが、ムリをすれば悪化は避けれないだろう。
そもそも、昔から体が弱くて怖がりだった従姉を、そんな危険な所へ行かせるのは嫌だった。
「ではこうしよう。雅を抱えても走れるような要員をつける。雅を含め、少なくとも4人、多くとも6人で行動するんだ。絶対に誰も1人にならないように」
赤司の案に渋々頷いた青峰は、悔しそうに下唇を噛んだ。
守りたいものを、守れないなんて。
「雅、少し休んだら別のメンバーと一緒に鍵を取りに行ってくれ」
「わかった、」
「他の人は、次の探索メンバーを決めます」
雅は、赤司達の話し合いを聞きながら少しウトウトし始めた。
そして段々意識が遠のき、完全に消える瞬間に声を聞いた。少年とも少女ともつかぬ声で、はっきりと─
─ 欲 シ イ ─