きりさきらいふ!
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「うまー。マジうまいわこのケーキ」
「……原、もっと味わえ。彼女が作ったケーキなんだぞ」
「えー?超味わってるよ」
誰よりも早く食べ終わったくせに。
原を睨むが、反省する様子もなく紅茶を啜った。だから原に買ってくるのは嫌なんだ。
「毎日買ってくる割には、その“彼女”について何も教えてくんないよね」
「お前らに教えたら盗るだろ」
「盗りはしねぇが、そこまで隠されると逆に気になんだぜ」
「……」
花宮の的を得た発言に、俺は言葉が見つからなかった。隠すことが最善だと思っていたから、予想外だ。まさか、隠すことで4人が更に彼女について知りたがるとは…
しかし、やはり教えたくない。
「原じゃあるまいし、人のカノジョ盗ったりしないよ」
「えー、俺だってそんなことしないけどー」
「この前人妻引っ掛けてきた奴が何言ってんだよ」
「一哉、またそんな事してんのかよ」
「あれはたまたまだって。まあ寝とられ系も好きだけどねん」
「原には会わせない」
「冗談だって」
「けど、こうやって離れてる間に他の男に盗られるってこともあんじゃないの?」
瀬戸、お前はつくづく嫌な奴だ。その高いIQをどうしてそういう悪い方向に働かせるんだ。天然だから余計質が悪い。
しかし、瀬戸の言う通りだ。
今この瞬間に、彼女が盗られたら……考えるだけで恐ろしい。
「おいおい、簡単な事じゃねぇか」
「何がだ?花宮」
「そんなに不安なら、閉じ込めちまえばいい」
「ああ、確かに」
「けどそれじゃあ、その女の人生はどうなんだよ」
ザキは、最後の一口を食べながら言った。
「こんだけ美味いケーキ作るんだから、それだけ誰かに食べて欲しいって思ってんだろ?それなのにムリヤリ閉じ込めちまったら、ソイツは悲しむんじゃ、」
「ザキってそういうとこ鬼っぽくないよなー」
「鬼は昔から非道であることが常なのにな。ザキは優しすぎる」
「ふはっ誰かに食べて欲しいなら、俺らがいんだろ」
盗られるのが嫌なら閉じ込めてしまえ、か……
「……いや、やはり出来ない」
「あ?」
「俺は、彼女の笑顔に惹かれたんだ。突然毎日通ってくる俺に、何の疑問もなく話をしてくれて、その時の笑顔が本当に、好きだ」
閉じ込めてしまったら、彼女の笑顔は失われるかもしれない。
そう伝えれば、花宮は溜め息を吐いた。
「お前も弘と何ら変わんねぇじゃねーか。そんな生易しい事言ってっと、その内後悔すんぜ」
「そーそー。世の中物騒だからねん。古橋がそんなに絶賛する子なら、他の野郎も狙ってるっしょ。もしかしたら強姦されたりして」
「原、」
「ジョーダンだって。そんな怖い顔すんなよ」
「冗談に聞こえねぇんだよ原。古橋も、あんま気にすんなよ」
「古橋が毎日通ってるなら大丈夫じゃないの。他の男は古橋が恋人だと思ってるかもしれないし」
俺は、つくづく面倒な性格をしているようだ。
こんなにも彼女の事を想って止まないのに、笑顔も全て俺だけのものにしたいと思っているのに、怖くてできない。ムリに拐ってきたって、鬼への供物だと周りの人間は思うだろう。
俺達“鬼”は、昔からそうやってきたんだ。鬼に逆らえば、町1つ消すのも容易いこと。年寄りだろうと女だろうと、そして子供だろうと、全てを消せる。
だから罪悪感なんて、持ってはいけない。
町を消すことに罪悪感など感じないが、彼女の笑顔を消すのだけは怖くてたまらない。
「その女をどうしようとお前の勝手だけどな、康次郎……お前はどう足掻いても“鬼”でしかねぇ。その女と幸せな生活は望めねぇぞ」
「……」
わかってる。わかってるさ。
「…部屋で休む」
居間を出て、俺は自室へと向かった。
何だか頬が冷たい。心なしか濡れている気もする。
おかしいな、いつもなら彼女のケーキを食べた後は幸せなのに。
今はただ、胸が締め付けられるようだ───