きりさきらいふ!
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私は1人で、下町に小さなパティスリーを開いた。小さくて、決して大人気なお店というわけではないけど、毎日同じ顔触れがやってきては私が作ったケーキやお菓子を買っていってくれる。
そんなこじんまりしたパティスリー。
これは、両親の夢でもあった。
私の両親はとても優しくて、周りの人からも好かれていた。そんな両親の夢は、家族3人下町でパティスリーを開くこと。
3人で色々なお菓子を作って、勉強して、もう少しでパティスリーを開く資金も貯まるところだった。
それなのに──
「……パ、パ……ママ……?」
私の目の前で2人は──
「ガキがいたぜ」
「ほー、こりゃべっぴんじゃねーか」
「金持ちの変態共には高値で売れるな」
この家に店を開くための資金があると、どこかで聞いたのだろう物盗りが、私から大切なものを奪っていった。
「パパ、パパ、助けて……ママ……」
「パパもママも、もう目が覚めないんだよ。大丈夫。これからは金持ちのおじさんが君を可愛がってくれるから」
男の手が私にのびてくる。
「いやッ…!」
私は無我夢中で逃げた。
近所の人に助けを求めたけど、誰1人助けてはくれなかった。
(誰も、助けてくれない)
あんなに両親と親しくしてたのに。
(ああ、そっか…)
私はその時学んだ。
(人は、醜い……)
あの物盗りも、近所の人たちも、みんな汚い。
どんなに親切にしても、人は自分のことを優先して誰もが見て見ぬふり。
涙は、出なかった──
その数日後、私はある人に拾われた。
否、人ではなく、“鬼”に。
「お前の夢は、パティシエになることなのか?」
「……だれ、ですか」
「俺は────。行くとこがないなら、家にくるか?」
話に聞く“鬼”とは、まったくかけ離れた男だった。
人を嫌い、女子供を平気で殺し、町1つは軽く消せると人々は噂している。しかし、この鬼は、人の子である私を一人立ちできるまで育て、パティシエになる夢を叶えてくれた。
男の好物はどら焼だった。だから私は、それを最初に学ぼうと必死に頑張った。
いっそのことどら焼屋にでもなろうかと思ったけど、男は、
「両親とお前の夢はパティスリーだろ?どら焼は……そうだな、店のすみにでも置いとけばいい。お前のどら焼は絶品だから、みんな気に入るさ」
そう言って、大きな手で私を撫でた。
体温は感じられなかった。鬼の体温は人と比べると少し低いらしい。けど、私はその手はとても温かいと感じた。
男のもとから一人立ちしてこのパティスリーを開いて数年。
私はある人と知り合った。
「康次郎、いらっしゃい」
「ああ」
古橋康次郎。
毎日このパティスリーに通ってくる人……“鬼”だ。
長い間私は鬼といたからか、人に紛れて暮らす鬼を見分けられるようになった。それを口外したことはない。
人に理由なく危害を加えるわけではないのに、鬼というだけで恐れられるなんて辛いだろうから。
「雅は相変わらず美味しいケーキを作るな」
「ありがと」
「そうだ。昨日は瀬戸が──」
康次郎と一緒にいる他の4人も、きっと鬼なんだろう。
けど、何も怖くはない。だって、人と違って鬼は優しいから。
「おっと、長居しすぎたな。早く帰らなきゃ花宮にどやされる」
「そんなに怖い人?」
「怖い、というより性格が悪い。また明日来るよ」
「うん、待ってる」
待ってるよ──