弱虫ペダル

□荒北さんと恋心
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ようやく春が訪れたか、と思った次の日いきなり寒くなるなんて許せない。

朝からそんな風に思っていた。
一限目の体育までは。


______ぷしゅっ、と炭酸独特の心地よい音を出しながらキャップが開いた。
その瞬間、ふわっと溢れた香りが鼻腔をくすぐる。


寒いと思っていた気候はどこへやら、今はカーディガンを着ていると少し暑いくらいに気温が上がっている。

そのうえ、外で体育だったのだ。それなりに真面目に授業を受けた私が、のどの渇きを潤すためには飲み物が必要だった。


そんなときに自販機があったら、ましてや好きな炭酸飲料が入っていたら思わず買ってしまうのも無理はないだろう。
しかも、私が買った途端に売り切れになるというスペシャルハッピー。ラスイチなんてラッキーすぎる。



自販機の裏にあるベンチに座りながら黒い液体を喉に通す。
言葉では言い表せないほどの幸福感が私を包んで、一口飲み終わってからつい息を漏らしてしまった。


と、そんな時。
私の後ろ_______つまり自販機の前が、急に騒がしくなった。


「アァ!?ベプシ売り切れてんじゃねーかァ!!チッ、誰だよ最後に買ったヤツ!!」

「まあまあ落ち着け、荒北。飲み物なら他にもたくさんあるではないか。他人に文句を付けるのはならんよ。」

「そうそう。なんなら靖友、エナジーバー食うか?」

「いらねェよバァカ!!こっちは喉が渇いてんだっつーの!!ンなモン食ったらもっと喉渇くだろーが!!」



_____________この声は、同じクラスの荒北くんと東堂くんと新開くんだ。

そして、荒北くんの言葉を聞いてとてつもない罪悪感に襲われる。

すみません、最後に買ったの私です。

ああ、どうしよう。実のところ、私は荒北くんに嫌われているのだ。


進級したての頃、荒北くんが落とした消しゴムを拾ったことがある。
つんつんと肩をつついて、はい消しゴム落ちたよ、と彼の頭に消しゴムを置いたのだ。
それはもう、本当にちょっとした悪戯心だった。


消しゴムを荒北くんの頭の上に置いたら、ぽかんとした彼の顔がぽっと赤くなって、怒られると思った。

幸いそのときは授業中だったからか怒られなかったけど、それ以来怖くて彼と喋るのを避けるようになった。

……まあ、原因は私にあるわけだけど。


そんな嫌われてる私が最後のベプシを買ったと知ったら彼はどうするんだろう。


こ、殺す……?私殺されるかも……!?


あ、あ、荒北くんがこっち来た。東堂くんと新開くんは先に戻ったっぽい?
荒北くんが、わ、私の手に収められているベプシを見てる。超見てる。
どうしようどうしよう、殺される…!!!

ひたすらパニックにおちいってると、荒北くんが口を開いた。


「…ンだよ、最後に買ったのなまえチャンかよ。ちょっと一口もらうわ。」


そう言って、私からひょいとベプシを奪って、ごくり、と飲んだ。

ン、ウマ。なんて漏らしながら私の手にベプシを戻して「じゃーな」と言いながら荒北くんは去って行った。


私は何だかわけがわからなくて、勢いでまたね、なんて言った気がするようなしないような。

ただ、ふたつ分かったことがある。





去りぎわの荒北くんの顔が真っ赤だったことと、私が口をつけたベプシを荒北くんが飲んだとき、私の胸がきゅん、となったこと。

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