藤真長編

□conte 06
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「茉莉子っていつからここ住んでんの?」
「生まれたときからここ。でも地元の学校に通ってたわけじゃないから、実は渋谷のが詳しかったりする」
「お、さすが生粋のA学生。でもさ、この辺りでいい接骨院とかちゃんとした整体知らねえ?」
「……どこか……悪くしてるの?」

歩きながらチラッと藤真を見上げた。努力の人で苦節を舐めてきたと聞いたのはついさきほどのこと。もしかしてケガにも泣かされているのか、故障を抱えているのか、そんなふうに茉莉子は先走って考えた。

「いや、ただ体ほぐしてもらったりしてえだけだから」
「お母さんにでも聞いてみるね。病院とかもよければ聞いて?」
「ああ、サンキュ。でも医者なんて、ここ数年で歯医者ぐらいしか……」と言いかけて、口をつぐんだ。

ふと思い出したようだ。茉莉子の元カレのこと。ごまかすように藤真は左手で髪をかき上げた。

意図せず発された『歯医者』という言葉。だがそれは茉莉子にとって、もはや心を波だたせるものではない。
「虫歯ですか? 藤真くん?」と冴え冴えとした眼差しで藤真を覗きこんだ。藤真はその瞳を見て、茉莉子の感情を解した。

「親しらず診てもらったんだよ。また痛みだしたらお願いするかな」
「いっそ抜いちゃってくださいって紹介してあげる」

茉莉子はニヤリと、そしてしっかりした笑顔をみせた。


二日後。
体育の単位取得のために、渋々、茉莉子は大学に向かった。出席さえすれば単位がもらえる。キャンパス内にある体育館を訪れるのは、入学式以来だろうか。
去年、地下一階にフィットネスセンターが出来たと聞いている。自分が通う大学の施設ぐらい見てみようと友達と覗くと、何人かが実際に利用していた。

「登録さえすれば、自由に使えるらしいよ」
「こんなに立派なのがあるんだあ」
「使わないと損だね……あれ、藤真くんじゃない」

体育館が授業で使えないから、バスケ部はここでトレーニングなのだろう。マシーンを利用してレッグエクステンションに励んでいる。

「すごい汗……」

拭いてあげたいね、なんて友達は言っていたけれど、茉莉子はそんな藤真からただただ目が離せなかった。いったい、いつまでやるんだろう。一昨日聞いたばかりの矢野の言葉が思い浮かんでくる。

『あいつのバスケは努力の上に成り立っている―――』

「茉莉子、もう行かないと」

その声にハッと我に返り、後ろ髪を引かれる思いで体育館への階段をのぼり始めた。
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