三井長編 続編・番外編

□Sable cerise
2ページ/2ページ


もっと膝を曲げろとか、体を真っ直ぐにとか、相手は小学校低学年ぐらいだろうか、バスケには程遠いボール遊びの次元だが、即席熱血指導を始める三井。
自分の言った通りにやってみた子には、たとえゴールにボールが届かずとも、頭をなでて褒める。転んだ子は抱き起こし、砂を払ってやる。その様子を微笑ましく紫帆は眺めていた。
こんな時間の過ごし方は、朝、無駄にベッドの中でウトウトするよりも幸せかもしれない。


やがて、ひとりの子の母親が迎えにきた。
三井にお礼を言い、そして、三井がシュートを決めるのを垣間見たのだろう、「すごいですね!」「上手ですね!」といった賞賛がところどころ聞こえてくる。


「さ、そろそろ行くか」と三井も引き上げてきた。紫帆は大きくため息をつきながらゆっくり立ち上がった。
あらかに不機嫌そうな紫帆に、てっきり三井は“ひとり楽しんでほったらかしにしたから”だと解釈し「待たせて悪かったな」と手を取ろうとしたが、三井の右手は空を切った。

「カッコイイだって、良かったね」

紫帆の声に僅かに混じる嫉妬の響き。

「デレデレしちゃって。顔、緩んでるよ?」
「もしかして……妬いてんのか?」
三井は驚いたようにシパシパと瞬きした。
「相手は子持ちの人妻だろ?」

とはいえ若い母親だった。早くに子供を産んでいたら、まだ20代後半か。そうなると自分たちと数歳しか変わらない。

「視線が胸元にいってるし、だいたい人妻って言い方がやらしい」
「……揚げ足取んなよ」

かなり胸の豊かな女性で、それを強調するような襟の開きのカットソーを着ていた。正直なところ、そこに目がいってしまったことを三井は否定できない。

「ほら、行くぞ」
「あー、ごまかそうとしてる」
「おまえこそ、つまんねぇ嫉妬なんかすんな」
「嫉妬じゃない!」

プイッと顔をそむけた紫帆。その思いがけない反応に三井は堪え切れず笑いを漏らした。それがより紫帆を怒らせてしまったようだ。

「さっきのチェリーサンド、寿の実家にも買ったけど、あげない!やめた!」
「えー、くれよー、オレも食ってみてえ」
「食わんでよろしい。 さ、もう行かないと遅刻するよ?」

紫帆と一緒に藤沢に帰って、そのまま湘北に行く予定だ。そして明日もあるので、実家に帰る。彼女から、と菓子折りを渡したら、母親はさぞかし驚くだろう。
何だか練習中も思い出し笑いをしてしまいそう、ニヤけてしまいそうだと三井は思った。
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ