三井長編 続編・番外編
□suite 04
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秋の夜風が風呂上りの三井の顔を優しくなでていく。その爽快感にグッと伸びをして大きく息を吸い込んだ。
もう深夜に近い時間。数分前の紫帆の電話から、駅に着く頃合いを見込んで迎えにでてみた。
駅に近づくと電車はすでに到着済みとみえて、帰宅を急ぐ人々がこちらに向かってくる。それに逆行しながら、紫帆を見落とさないよう辺りを見渡しながら進んでいくと、人の流れから少しはずれ、背をむけて立つ彼女の姿を見つけた。どうやら電話をしているらしい。
しまった、鍵しか持たずに出てきてしまった。てっきり自分に掛けようとしているのだと思い込んだ三井は、いっそ驚かそうと紫帆の背後にそっと近づくと── 「ごめんなさい」と謝る静かな声が聞こえた。
「今、付き合ってる人がいる……だから会ったりは出来ない……」
肩に手をかけようとした三井の手がハッとして止まった。何の電話だ?
「……うん、そう……だから山岸さん」
仕事頑張って、と言って紫帆は電話を切ると大きな溜息をついた。
そして振り返ったところで、目の前の大きな影に、それが三井だと気づき、驚きのあまりビクッと体を震わせる。必要以上と思われるほどに。
「…ひ、さし……」と言ったきり、唇を引き結んで俯いてしまった。
「山岸って誰?」
決して追求するようなつもりはなく、反射的に口から出た。純粋に知りたかった。紫帆は足元に目を落としたまま、ポツリと答えた。
「前に付き合っていた人……」
「なんでそいつが?」
「……」
「よく電話……あんのか?」
「まさか! 1年ぶりだよ……」
紫帆は落ち着きなく腕をさすった。
何も後ろめたいことはないのに、やたら居心地が悪い。上から注がれる三井の視線が突き刺さるような気がした。
だが三井はそれ以上、紫帆の答えを深追いすることなく、行くぞと歩きだした。
「迎えにきてくれたんだ……」
「トーゼン」
ありがと……と半歩後ろから紫帆が呟いたが、周囲の雑踏がその声をひどく遠いものにした。