三井長編 続編・番外編
□suite 07
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「あれ、ミルクはいいの? いつも入れるのに」
コーヒーに口をつけていたが、まったくの無意識だった。確かに言われてみれば苦い。憂いに輪をかけるような苦味が、気持ちにまで浸透してきて不安を増長するようだ。
ただただ、その琥珀色を見続ける三井に、紫帆はかしげた首の角度をさらに深くする。
「どうしたの?」
「なぁ……こっちこいよ」
紫帆の手を引いて、ベッドに寄りかかる自分の膝の間に座らせた。まるで閉じ込めて、覆うように。
そのまま自分の胸に体を預けてくる紫帆に、やり直したいと言われたら、どうする? かつてプロポーズされたって本当か? 今でも心残していたりするのか……? いっそのこと聞いてしまおうかと思った三井の試みは、けれど喉の奥につかえてしまって言葉にならなかった。
振り払うように大きく深呼吸し、まわした腕を少し緩めると、紫帆の視線を感じた。見ると、何か言いたげな目があった。「どうした?」と今度は三井が問いかけた──
いつしか雨は本降りになって、ぱらぱらと音を立て始めていた。その音を意識の奥で聞きながら、三井の腕に囲われる、こんな瞬間に紫帆は幸せを実感する。
ここのところ、三井との間になんの問題もないが、いちど会って話がしたいとの山岸の申し出に少なからず心落ち着かないところもあった。けれど、話すことなんてない。
どうした?と問われれば、いっそ打ち明けてしまいたいが、それは気の重さを彼に押し付けるだけだ。もうかつてのことは自分の中で希釈されている。
あやうく流れ出してしまいそうだった物思いに蓋をするようにひとつキスをして、また三井の腕の中に身を置いた。
余計なことを考えるより、三井の温かさを感じていたい。三井が抱きしめていてくれる限り、自分はきっと離れられないだろうと思う。
その時、紫帆の携帯が鳴った。思わずビクッとするが、メールで送信者は弟だ。
「帰るって」
「いつもそんな連絡してくんの? 意外とマメだな」
「するわけない……わざわざしてきたんだよ、寿がいるかもって」
「なんで?」
「……」