三井長編 続編・番外編
□suite 07
1ページ/2ページ
薄灰色の雲が空を覆っていたかと思うと、やがて窓ガラスに点々と雨滴が落ちはじめた。しずくは重なりあっては流れ落ちて、線を描いていく。
練習後に紫帆の家に寄った。彼女の匂いのする部屋で、ひとり、耳の奥に浸みこむような湿った雨音を聞いていると、昨夜の桜木の言葉が思い出される。
「ミッチー、魔の手が迫っている!」
桜木はあのナリでいて、情に満ちたいいヤツだ。ただ、少々の細やかさに欠ける。ストレートすぎるというか。彼に恋愛の機微を察しろというのが過大な要求なのかもしれない。
余計なこと言うなと止める宮城をよそに、紫帆の友人たちが去ると、桜木は真剣な表情で三井に訴えてきた。
今日、約束したわけでもないのにここに来たのは、気もそぞろな胸のうちをどうにかしたくて。伝え聞いた話に自問自答を繰り返しても進歩がない。
紫帆がコーヒーを淹れて持ってきてくれた。そして、これ見てと女性向けのファッション誌も渡される。開かれたページには、仙道の彼女が載っていた。
「私物の紹介なんだけど、ほら、このタブレットケース。仙道さんが前に買っていってくれたのだよ」
「おまえのIDホルダーと同じ色ってやつ?」
「そうそう。なんか感激だなあ、使ってくれてて」
そこから仙道たちの話になった。幸せになって欲しいね、なんて紫帆は言う。だって、やっとまた一緒にいられるようになったんでしょ、と。
紫帆にはそこまで話したか、話してなかったか…… 実は仙道が帰国した時に彼女には恋人がいた。だから簡単に心寄せることが出来ず、こちらとしてはイライラしたくらいだ。
そこで三井はふと気づいた──
そうやって今まで自分は仙道サイドでそれらを見てきたわけだが、果たしてその状況、今の自分に何だか近いものがないだろうか。しかも立場は真逆。言うなれば、仙道が元彼で自分が現在の彼だ。そしてその視点の変化は、仙道たちのその後を鑑みれば脅威でしかない。
紫帆がそのままパラパラと雑誌をめくっている間、先ほどまでの物思いの続きを促すスイッチが入ってしまった三井は考えこんでいた。