三井長編 続編・番外編
□suite 10
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紫帆はといえば、こんな真剣で落ち着きを払っている三井は正直予想外で、かえって困惑していた。どうやら話の続きを促されているらしい。
辺りに漂う冷えた静寂も、紫帆の言葉を待っているかのようだ。
「確かに、こっちに来ないかって話が出たけど……、決心できなかったんだよね……」
遠距離が辛くなってきていたころ、それを察してだろう、彼は結婚しようと言ってくれた。こっちで一緒に暮らさないか?と。
「良かれと思ってのことだったのに、逆に私にはプレッシャーでしかなくて。いろいろ迷い始めたところに、結論求められて……それに就職したばかりだったし。1年もしないで辞めることにも抵抗あった」
「タイミングが悪かったってことか?」
「ううん……あそこで彼を最優先で選べなかった時点でおしまいなんだよ……だから話し合って終わりにした」
紫帆は確かめるように手すりをグッと掴んだ。何だか怖くて三井の方をみることが出来ない。
気持ちの良い秋風が、音もなく、髪をさらって吹き抜けていく。
「あっちは終わりにしきれてねーんじゃねえの?」と言いながら、三井は紫帆の髪を手櫛で直してくれた。
その心地良さに、思わず目を細める。
自分をドキドキさせるとともに、すごく安心させてくれる三井の大きな手。その手が好きだ。三井が好きだ──
紫帆はいちどぎゅっと目を閉じて視界を遮断した。切り替えるように。
「だとしても、私は違う。彼が戻ってきても、今はもう寿しか考えられない」
ためらいなくそう言いきれば、突然ものすごい力で後ろから抱き締められた。身動きがとれない。首に三井の腕が巻きついて、苦しいくらいだ。
紫帆を閉じ込めるかのように、離さないと言わんばかりに抱き寄せる三井。
だが、それとは裏腹な言葉に紫帆は耳を疑う。
「会ってこいよ──」
ぽつりと、しかし確かな響きをもってそう三井は言った。