三井長編 続編・番外編

□Dans le jardin(後)
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だが、自分が一番喜んで欲しいのは、笑顔がみたいのは紫帆。その紫帆は、炉の前で焼いているか、家と庭を行ったり来たり。三井が席を立って側に行くと、次、これね、とアスパラや玉ねぎの丸焼きを渡された。

「アスリートと受験生とコーチにはビタミンも必須。はい」
「おまえは? 食ってる?」
「うん、毎回味見してるよ。だから抜群の焼加減でしょ?」

得意そうに嬉しそうな笑みを見せられて、三井は焦った。望んでいたものとはいえ、こう目の当たりにしては、気持ちが隠しようもなく表情に表れてしまいそうで。
わりと顔に出やすいということは、自分でわかっていた。 またそれを察知することに長けたヤツらがそこにいる。
慌ててそちらに背を向けるように立ち、「これ、何?」とアルミホイルで包まれた塊りを指した。

「ローストビーフ。焼目つけたあと、こうやってじっくり蒸らす感じなんだけど、もういいかな……あ、ソース作ったのに忘れた」

そう言ってまたキッチンに取りに行こうとするから、三井は紫帆の肩に手をかけて制した。

「オレがとってくる。お母さんに聞けばわかるか?」
「うん」
「じゃ、おまえは少し座ってろよ」と肩に置いた手をポンポンとした。

焼けたものを持っていくと、紫帆は簡易なイスに座った。一部始終を見られていたらしい。3人にニヤニヤと迎えられた。

「三井、いつもあんな感じ?」
「あんな……?」

トレイから野菜を小皿にわけると、紫帆は特製のサワークリームをかけてそれぞれに手渡す。

「意外と周りのことに気付いてさ、優しいトコもあるっての? 紫帆さん限定?」
「それでいて、自分のことはけっこう気付いてないトコありますよね、三井さん」

それがおもしれーんだよな、とプッと仙道が吹き出すように言った。年下の彼にもそんな風に分析されていると知ったら、三井はどんな顔をするだろう。
そしてさらなる年下からも……「コーチの時はすっげ厳しいんすけど、その裏には愛があるっつーか」とダメ押しされる。

紫帆は当人が戻ってこないか、振り向いて確認した。まだ大丈夫だと見極めると、「この間もドキュメンタリー見てたら、すっごい涙こらえてるのがわかって……」と話しだした。

「でも泣いてねえとか言い張るんですよ? まったく……ふふ」

その紫帆の弾んだ声は、内容とは裏腹に三井に寄せる想いを言外に含んでおり──

「そんなところがカワイイとか? 三井さん、愛されてるなあ」

桜輔は口に入れようとしたかぼちゃをポロッと箸から取り落とした。今の仙道の冗談とも真面目ともつかぬ発言はさておき、それを図星と言わんばかりに頬染め、慌ててローストビーフを切り分けようとする姉に……唖然とした。女の側面を垣間見てしまった気がする……。

「仙道、今の、カワイイのは紫帆さんだろー」と藤真がさらに追い打ちをかけるようなことを言うから、余計に照れ恥じらう紫帆に、桜輔は食べることを忘れ、開いた口が塞がらない。

何、間抜けなツラしてんだ、と三井が戻ってきた。その手には自家製ビーフソースの他に山盛りのフルーツ。これは仙道からのお土産だ。
こっちに頂戴と紫帆はそれをテーブルでなく、炉の方に持ってこさせた。

「お母さんがもう切ってくれてるぜ? メロンうまそう」
「リンゴは焼くから待って」

えー、気持ち悪いだの、普通に食べるのが一番いいだの、三井は隣でグダグダと言う。

「アップルパイのリンゴと同じだよ。シナモン振ると美味しいんだから」

それでもあーだこーだと反論が続きそうだったので、紫帆は軽く炙ったブドウを三井の口に入れた。

「あ、何だこれ。甘ぇ……」
「ね、イケるでしょ?」

藤真たちのことをすっかり忘れてしまったかのように、じゃこれも焼こうぜ? いやそれは絶対やめた方がいいだの完全にふたりの世界。

その後ろ姿を見て、「とにかく三井コーチとお姉さんはうまくいってるってことだ。良かったな」と仙道が桜輔に笑いかけた。
毎度見せつけられてる気がするぜ、と藤真が舌打ちをした。
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