藤真長編

□conte 18
2ページ/2ページ


「経営いったダイキ、やっと免許とれたって。何回落ちたんだろ」
「そんなやつの運転に乗りたくねーな。でもあいつんちのことだから、スゲー車買ってもらえるんじゃね? あ、そうだ、オレと藤真もインカレ終わったら教習所行こうかっつってんだよな」

意図的に避けたにもかかわらず、造作なく藤真の名が出る。

「行く暇あるの?」
「時間かかるだろうけど、しょーがねえ。やっぱ皆みたいに高等部の時にいっちまえば良かった。でも藤真にそう言ったら、あいつ、今の方がよっぽど時間あるって。どんな高校時代なんだよ。彼女とかどーしてたんだろうな」

話の矛先が危うい傾きを持って迫ってくる。いっそのこと茉莉子は覚悟した。

「ねえ、昨日……」と言いかけた時、久しぶりだなーと声をかけられた。
「あ、先輩、見かけねえなと思ってたっす。ちゃんとガッコ来てるんすか?」

その後も知り合いと立ち話をしているうちに、どこかで追い抜かれたらしい。いつもの場所には藤真たちが先に到着していた。


「あれ、茉莉子、心理サボった?」
「ごめん、遅れちゃって別のとこ座ってた」

そう友人に答えれば、座っていた藤真が「オレ、茉莉子のこと待ってたんだけどな」と見上げてきた。

少し前ならば素直に受け入れられた言葉なのだが。いつもより反応の鈍い茉莉子の表情から何を読み取ったのか、藤真はわずかに眉を動かしたあとで小さくため息をついた。

「4限のフラ語で宿題あたるんだ。教えてよ」と嫌なことはさっさと済まそうといわんばかりにテキストを軽く持ち上げる。

「ちーちゃんに聞けば良かったのに……彼女もフランス語学科だよ?」
「あ、マジ? 英文だと思ってた」

皆はお昼を買いにいってしまったので、藤真の隣に座った。昼休みの学食はガヤガヤと賑わっているが、それらの音が遠く聞こえる気がする。普通にしなければ。目に見えて何か変わったわけではない。ただ不自然さは隠しようがなく――

「茉莉子?」と名前を呼ばれてハッとした。
「あ、ごめん。それでどれ?」

過去形にして訳すという練習問題。

「Je suis allé au supermarché hier. 訳は……昨日、スーパーに行きまし…た」

「昨日、スーパーに行きました」と書き留めながら藤真が繰り返すのがしっかり聞こえるのは、『カクテルパーティ効果』に違いない。

誰と? 自分が一番知りたいことであり、知りたくないこと。

「ズレるかもしれねーから、もう一問。……なあ、聞いてる? 何か変だぞ?」
「そんなことないよ。そんなことはない……」
「腹減って頭まわんねーって?」
「お腹すいてない……。私、おかしい…かな?」

煮えきらない言葉よりも、もっと曖昧な言葉を返しただけである。藤真はチラリと茉莉子を見た。そのもの言いたげな視線に気付きながら、茉莉子はあえて気付かないフリをした。
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ