三井長編 続編・番外編

□En confiance 10
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「市村に……告白、された。あいつの好きな人っていうのはオレだって……」

予想通りにあがったその名前に、わかっていても紫帆の心はかすかにざわめく。体温が上がった気がした。温かいお茶のせいだろうか。きっとそうに違いない。

「でも、『振ってくれ』だと。あきらめるために。覚えてるか? 市村に『あきらめるな』なんて軽々しく言ったのオレだぜ? そもそもあいつの気持ちに気が付かなかったってところからして、ひでえよな」
「それで……どうしたの?」
「何も言えねえよ。ごめんとしか……」

三井はゆっくりと窓に目を向けた。

「それしか言えねえ自分にも腹たつし、きっとオレはずっと市村を傷つけてたと思う。知らなかったとはいえ、そんな自分がイヤになったよ」と言ってから、「でもそれは今さらな話だ」と付け加えた。そして、唐突とも言える三井の問いかけ。

「紫帆……最近、おまえ、様子おかしくねえ?」
「え……? 私? なんで?」
「何となく」

さきほどと形勢逆転。三井の視線は紫帆に注がれる。

昨夜、考え巡らせたときに、三井はとある言葉を思い出した。
『知らないことは罪ではない。知ろうとしないことが罪なのだ』
学生時代、単位のためにしぶしぶ出席した倫理の授業で聞きかじった言葉。

有名な哲学者のものだそうだが、自分は気付かなかったことは罪だと思う。そして気付こうとしないことはもっと罪深いと、この言葉は言っている。

「オレといてもぼんやりしてるとこあったし、この間の土日は来なかった。ま、用事あったんだから仕方ねえけど、何か……避けられたような気がした」
「………」

避けたわけじゃない、と紫帆は言いたかった。でも意図的に三井に会おうとしなかったことは確かだ。何も言えない。

「それに……木暮…じゃねえ……新しくきた上司の話、よくするよな」
「上司? マネージャーのこと?」
「そう、この間見かけたんだ。一緒にいるところ」
「一緒……? お客様のところに行ったときのことかな」
「おまえ、すっげえ嬉しそうに笑ってて」
「そう? そうだったかなぁ。覚えてない」
「そいつのこと、褒めまくりだし……」
「前のマネージャーがひどかったんだもん。それに比べたらつい、ね」

たとえ自分にとって都合の悪いことが出てこようとも、現状から目を逸らさず、ちゃんと知ろうとして。知る努力をしたつもりなのだが、何やらピントがあっていない? 紫帆との会話がかみあっていないような……

「気になったりしてるんじゃねえ……の? 男として」
「は? えーと、どういう意味? それにマネージャー、結婚してるよ? 2歳になる女の子のパパ」
「マジか……」

結婚しているかしていないか、敢えて言うなら、人を好きになるのに関係ない要素かもしれない。既婚者に恋してしまうことはあるだろう。けれど、今のやりとりから、その場の空気から、三井は自分の思い違いだったと感じた。
「私がマネージャーのこと、好きになりかけてるとでも思ったの?」と紫帆は笑いをこらえている。

そんなんで大丈夫? と空耳が聞こえる。
―――大丈夫じゃなかった。

「別に疑ってたわけじゃねえ。でも……ちょっと。……っつうのも、最近のおまえ、おかしかったから……」
「そう……だよね。確かにそれは身に覚えある」

紫帆はしばらくためらうように時を置き、やがて「私も信じてなかったわけじゃないの」と言った。


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★参照→工芸茶
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