三井長編 続編・番外編

□En confiance 11
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握り返した紫帆の手は温かい。自然と手に力がこもり、引き寄せたい衝動に駆られる。立ち上がろうとした三井が顔をあげると、視界の中を動くものがあった。ソファーから四つん這いで抜け出そうとする桜輔だ。

「中林! おまえ……」

紫帆も驚いて振り向くと、現場を抑えられた犯人のようにあわあわと狼狽える弟が目に入った。まさか誰かリビングにいようとは。背もたれに隠され、まったく見えなかった。

「あ、あの、スンマセン! 何も聞こえてねーっす。オレ、寝ちゃってて」
「聞こえてねえって、聞こえてんじゃねーか」
「いやぁ、何言ってるかまでは……」

自分の家のどこにいようが自由だ。ましてやここはリビングなのだから。そもそも、三井が来たときに、桜輔は気を遣って出かけようとした。教習所のキャンセル待ちでもしようかと。行けばよかった……


「部屋のドア開いてたから、出かけてるんだと思ってた……」

紫帆も動揺を隠せない。何かとんでもないことを言っていないかと、自分の発言を振り返る。

「無理に出て行こうとしてたから、オレが引き留めたけどよ」
「そ、そう! 三井さんが湘北行こうって。昼からっつってましたよね? そろそろ仕度しよっかな」

とにかくその場を離れたい弟は、逃げるように階段を登っていってしまうではないか。三井は目を細めて笑っているが、紫帆は呆然とため息をついた。だが、三井に名を呼ばれハッと我に返った。

「もうひとつ、みやげがあるんだ」

紫帆の部屋に戻ると、三井からラッピングされた包みを渡された。軽い。開けながら、とても柔らかいものであることがわかる。シルクの――

「下着……?」
「んなもん、オレが買えるか!」
「あ、パジャマ?」

開いた胸元にレースが施されており、光沢のある素材から、スリップのように見えたが、袖があり、下のボトムもついていた。確かに中国といえば、シルク製品が有名だ。
サラッと滑らかな手触りは着心地が良さそうで、艶やな生地はゴージャスで品がある。パジャマにはもったいないくらい。

「明日、金曜だから来るだろ? これ、忘れるなよ?」
「ありがとう。寿の家専用にする」
「ああ。おまえが普段何着て寝てるかは、今日よくわかった」
「夏はもっとすごいよ? 高校の時の短パン」

それはそれで貴重だけど、と返せない言葉を飲み込み、三井は明日に期待することにした。だが、引き寄せ、紫帆にキスをすると、自然とわき上がってくる欲。抱きたくなる。ベッドも目の前にある。

「ん……ダメ。桜輔、待ってる」

最後にチュっとキスを落とし、三井はしぶしぶ部屋を出た。おまえも部に顔出さねえ? なんて、ヤツを誘うんじゃなかった。



車に乗り込んできた桜輔は、重圧から解放されたかのような安堵のため息をついた。大げさだなと三井は呆れた視線を送ったが、聞こえてきた言葉に耳を疑った。

「許してもらえたんすね?」
「何をだよ?」
「浮気」と小さい声ではばかるように桜輔は答えた。
「は?」
「ごめんって謝ってたじゃないっすか。出張先で、とか。それでモメてたんじゃ……?」
「ちげーよ! 浮気なんてしてねえ!」

濡れ衣だ。突拍子もない勘違いだが、「聞こえてなかった」という彼の言葉がウソではない、ということはわかった。
三井は口元に優しい笑みを浮かべた。

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En confiance『信頼』fin. 2016/9/15
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