続・5年後
□Affectueusement 01
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3時間ほど仮眠を取り、ホテルの中庭のレストランで遅い朝食をいただく。焼き立てのほんのり甘い香りがするクロワッサンをカフェオレとともに楽しめば、気分はすっかりパリジェンヌだ。
食事が終わりに近づいて、玲は言った。
「夕食の約束、20時だよね?」
「ああ」
ロメインレタスと色とりどりのベビーリーフで器用に包んだ生ハムを口に入れながら、仙道は頷いた。
「じゃあ、まずヴァンドーム広場のパリ5大ジュエラーから行ってもいい?」
「ホテルと同じ地名だな、近く?」
「うん、そうみたい」
近くも近く。今朝見た黒い円柱がまさにその広場の中心だった。ブロンズのモニュメントで、周囲を名だたるメゾンに取り囲まれている。世界で一番ゴージャスな広場と言われているらしい。
「あ、ホテルリッツ!」
「リッツ?」
「赤い箱のクラッカーのことじゃないからね……。ほら、ダイアナ妃が亡くなる直前まで滞在していたホテルだよ。他にもココ・シャネルやヘミングウェイが常宿にしてたことで有名なんだから」
「へえ」
「壮観だなあ。ブルガリ、ショーメ、ピアジェにブシュロンが並んでる」
「ん?」
「………まったく興味ないでしょ」
わかっていたけれど。
涼し気な目元をわずかに弛ませ、困ったように仙道は微笑んだ。それでも彼は付き合ってくれると言う。「選ぶのは玲だけど、買うのはオレだから」と。
だからちゃんと選べるように自分もある程度イメージを固めてきたつもりだ。
それがいけなかったのだろうか。
数軒まわるもなかなか理想通りのものに巡り合えない。さすがというか、何というか、いちいち二重ドアの造りで、席に案内され、もてなされる扱いに最初こそ舞い上がっていたが、それすらもだんだん面倒になってくる。
挙句にカルティエでは、自分のイメージとは別のデザインに、意図せずして心惹かれてしまう。こだわり過ぎるのもいけないのかもしれない。
「あー、だんだんわかんなくなってきたぁ……」
オレは最初からわかんねーという言葉を飲み込み、仙道は玲の手をそっと握ると、「次は?」と促す。そして、ここと示されたメゾンのショーウィンドウに彼は目を留めた。
「何か……見たことあるよーな?」
「えっ、彰がよく気付いたね。このアルハンブラシリーズのネックレス持ってるよ。お姉ちゃんが結婚するときにお父さんから色違いで贈られたの」
「ああ、この花に見覚えあると思った」
「お花じゃなくて、四つ葉のクローバーなんだよ、これ」
5大ジュエラーのひとつでもある、ヴァンクリーフ&アーペル。
ドアマンの案内で中に入ると、煌びやかなハイジュエリーの数々に迎えられた。
席に通され、さっそく要望のリングの見せていただく。日本で見たことのないデザインのものもあった。
そして、「“パリ本店限定の――”」と出されたリングは、中心のダイヤの周りにひしめき合うように小さいダイヤがパヴェ留めされており、全体でさりげなく四つ葉になっていた。
『パヴェ』とはフランス語で『石畳』を意味するらしい。石畳のように敷き詰められたダイヤは、パリの街を彷彿とさせる――
言葉にしなくとも、自然と答えが顔に滲んでいたのだろう。対応してくれていた女性の方が、サイズを見てくると席を立った。
元々、センターストーンだけでなくアーム部分にもダイヤを埋め込んだデザイン性のあるものが欲しいと思っていた。あの四つ葉のクローバーがモチーフになろうとは思ってもいなかったけれど。
「決まりでいいか?」
「うん……運命感じた。けど、あの……お値段聞いてないけど大丈夫かな」
「はは、今、1ユーロっていくら?」