三井長編
□conte 03
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翌朝、いつも通りにいつもの駅に降り立った。企業や官公庁がひしめく駅であり、スーツ姿の人間ばかり。そんな中でもやはり、背の高さで三井はすぐに見つけられた。
「オハヨウゴザイマス……」
「おう。お、今日は学生には見えねえな」
「どういう意味ですか、服? もしや化粧? 鍵渡しませんよ?」
「わり、口がすべった」
「なお悪い……」
そういう三井だって、この間のジャージからは想像つかない出で立ちで、紫帆も下から上まで視線をやった。
コートの下でもわかるダークスーツを着こなした姿は、悔しいが── かっこいい。
「何が言いてえかわかってるよ、オレも全然違えっつうんだろ? まあ、お互いさまだ」
何がお互いさまだ。自分は一瞬でもかっこいいと思ったんだけど、と紫帆は思った。それより悠長に話をしている暇はない。三井に鍵を渡した。
「ありがとな。ホント助かったよ」
「いえ、お世話になったのはこっちですって」
じゃあ、と行こうとしたら三井が紙袋を渡してきた。駅前のコーヒーショップのマーク。自分のは自分の分でもうひと袋持っている。
「あ……いいの? ありがとう」
「土曜、練習後に見舞いにいくって言っといて」
そう言うと三井は人の流れに逆らうように歩いていった。
紙袋からはコーヒーのいい香りがする。そして袋ごしでもほんのり暖かい。冬の朝の寒さの中で、それはまだまだ先の春のぬくもりを思わせる暖かさだった。