三井長編U
□conte 39
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いつも通りにカウンターの後方で仕事をする紫帆の胸には、えんじ色に近いマットな赤の新しいIDホルダー。
三井もこれを付けていてくれるかと思うと、仕事も頑張ろうと思えるから不思議だ。何とも不純な動機だが。
よく応対をする取引先の社員が来店した際に、色を褒められたと三井に告げると、「オレ、見てねえんだけど」とポツリと言う。
「いつもネクタイのセンスよくておしゃれな方だから、ちゃんと気づいてくれたんだよね」
「男? ヤラシー野郎だな。あ、客に口説かれたり……すんのか?」
オフィス街にあり顧客は法人が中心なので、そんな露骨な人はいない。だが、思い出す事象がひとつある。
「少し前だけど、食事に誘われた」
「何!? そいつにか?」
「ううん、違う人」
「……まさか…行ってねえよな……」
「行ったよ? 約束だったし」
三井はガクッと頬杖つく手から顎をはずした。ここは三井の部屋のベッドの上。紫帆の露わな肩に手をかけると、「断れよ……。いちおう聞くけど、何もなかったんだろうな?」と少し険しい顔をした。
「告白されて、キスされた」
「は!? ふざけんな!ホントか!?」と血相を変える三井に、紫帆はこれ以上笑いを堪え切れない。
「合意の上でだったんだから、問題ないでしょ?」と三井の唇にそっと自分の唇を重ねた。離れる瞬間にスッと舌を差し入れると、やっと理解したようだった。
「……なんだ、オレかよ……」
風の匂いが変わり、湿気を含むようになった6月最後の土曜。順調に勝ち進んだ湘北は、1勝同士で海南とあたる。
勝利をおさめた方が、まず全国への切符を手に入れることになるカード。桜輔との約束通り、三井は紫帆と一緒に見にきた。
すでに一戦終わった後の体育館内は熱気をはらみ、入れ替わる観戦者でごった返していた。にもかかわらず、三井の目に留まるひとりの男。
まったく無駄に目立つな、とひとりごちると、「牧!」と声をかける。
バスケ繋がりの友人だろうと容易に推測がつくガタイの彼は、こちらに気づくと近づいてきた。
「よお、三井。4月以来だな?」
「わざわざ見にきたのか?」
「どっちがついでかわからんが、実家に寄りつつな」
ふと彼の視線が自分に落ちたので、軽く会釈すると、三井が「こいつもこれで同い歳なんだぜ?」と当時の海南のキャプテンだと紹介してくれた。
「藤真が見せつけられたと悔しがってたぞ?」
「あいつ……。余計な気ぃ回したりすっからだ」と言いつつも、あの藤真にそんな風に言われるなんて満更でもない。