藤真長編

□conte 17
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「何作ってくれるって?」
「伯母さん特製の肉豆腐って言ってたよ。豆板醤……まあ、男のひとり暮らしにはないかもね。彼女いませんって言ってるようなものだね」
「仙道ンちにはあるんだろ?」
「さあね」

スーパーを出て商店街を歩きながら、肉豆腐かあ……と藤真は思案する。そしてふと方向を変え、「なあ、もう一軒寄り道すっから」と裏通りに入っていった。どうせならあれで作って欲しいと思った。茉莉子に教えてもらった豆腐屋の豆腐。

「へえレトロなお豆腐屋さん、ずいぶん地域密着で楽しそうな独身生活送ってんだね」

そんな従妹の皮肉は気にならない。美味しけりゃいいんだよ、と藤真は笑みをさらに深めた。



必要もないのに1万円をおろした茉莉子は、さらにそれを千円札に両替してみた。お財布の中で枚数だけかさばり、さもいっぱいそうに膨らんでいるのが何だか余計にむなしい。

あ、このお金でこの間見かけたおしゃれなストールを買おうかな、と精一杯明るい思考をすることで、しおれてしまいそうな自分の気持ちを必死に支えようとしていたのだが、それにしても時間を潰すのには限度がある。

防犯カメラから見たら不審者になりかねないと、ATMコーナーを出て、さらに大回りをしてしぶしぶスーパーに向かった。母親を放り出して帰るわけにいかない。母親に不審に思われるのもナンだ。

こんなに無駄に頑張ったのに、ちょうど出てきたところにバッタリ……なんてありがちな展開だよなあ、と半ばあきらめて入っていったが、もうふたりはいないようだった。

「遅いじゃない」
「ごめん、混んでて」
「月末でもないのに? まあ、いいわ。これ持って」

人手があるからと、思いつきのままに買いこんだようだ。だがそれよりも自分の胸の中のこの不可解な感情のほうが重たい。

「藤真くん、彼女と調味料コーナーで楽しそうだったわよ? 青春ね」
「まさかお母さんに気付いたりは……?」
「しないし、こっちも声かけるようなヤボなまねしないわよ」
「だよね……」


ここのところ藤真との距離が近いような気がしていた。自分はけっこう彼と親しく、彼のテリトリー内に入ることを許されたと何か勘違いしていたらしい。彼女が出来たことも知らないなんて、どこが親しいのか。
ただ単に家が近いだけ、そう気づいてしまえば、心が冷たく冷えていくのを感じた。

母親の話にうわの空で相づちを打ちつつ、いつもの道を歩きながら、「遠いなあ……」と茉莉子はつぶやいた。

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バレンタインに絡めた小話 2016/02/14
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