三井長編 続編・番外編

□Cuisine masculine
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家に着くと、三井は簡単に着替えて料理に取りかかった。紫帆は座ってろと念を押されたけれど、それはそれで落ち着かない。

「少しは手伝うよ。かえって手持ち無沙汰なんだけど」
「テレビでも見て……あ、飲んでていいぜ? 俺も喉かわいた」

そういうと、三井は冷蔵庫に向かうのではなく、カラーボックスの上に置いてあった紙袋を持ち出してきた。「これ、開けてみて」と言われ渡された。少し重みを感じる。開けると、陶器のペアのビアグラスだった。

「いつも有り合わせのグラスだっただろ? これで飲んだら旨そうだなって」
「寿と私の?」
「もちろん」

さっそくビールをついでみた。琥珀色の液体を注ぎ入れると、白く滑らかな泡がこんもりと盛り上がってくる。
軽くグラスを合わせ、口をつけた。いつもと同じ銘柄だが、いつもよりクリーミーなのど越しで、いつもより上品な味わい。喉を浸みわたっていく爽快感がいつもと違う……ような気がするから不思議だ。

「おいしい」
「だろ? でもその言葉、まだとっとけ」

そう言うと、三井はひと口で半分ほど飲み干し、また料理に戻った。その後ろ姿を目で追いながら、紫帆は気付いた。具材を炒めながら、ちゃんとオーブンレンジの予熱を設定している。オーブンに入れたら入れたで、その合間にサラダを作ってくれている。グラタンなんて、普段そうそう作るわけない。段取りを考えてくれていたのだろう。それに、今日に合わせるようにグラスを用意してくれていた三井。
モノには替えがたいお返しであり、思い出になりそうだと、そんな三井を見守るように見つめていた。

そして、出来た料理は―――

「え、ウソ……ホントにこれ寿が作ったの?」
「1から10まで見てただろーが」
「スープもセロリが効いてる。ビタミンいっぱいで肌に良さそう」
「旨いか?」
「おいしい!」
「旨いし、美容にいいし、至れりつくせりだろ?」
「うん、信じられない」

その返答に、チッと舌打ちしながらも、そんな紫帆の反応が嬉しくてたまらない。バレンタインには紫帆の手製のチョコレートケーキをもらった。自分は何をしようかと思ったとき、思いついたはいいのだが、独り暮らし7年のキャリアをもってしても、グラタンなんて作るのは初めてだった。
たまたま出勤前に目にした番組で、某俳優が作っているのを見て、これならオレもいけるか?とのセレクトだったのだが、思いのほか紫帆の反応が良かった。

料理、ハマっちまうかもしれねえな―――

片づけまでしっかり済ませ、お風呂もでると、三井はあらためて冷たいビールをグラスに注ごうとした。「待って、私が」と紫帆が代わった。

「ごちそうさま。ありがとう」
「ん。でも、まだおもてなしは続くぜ? ちょっとこれ飲み終わるまで待てよ」
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