三井長編 続編・番外編
□En confiance 2
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堂々巡りに陥りかけていた思考を意識して断ち切ると、カードを元に戻した。これも見なかったことにしたい……
後悔と戸惑いに大きくため息をつきながら立ち上がると、ちょうど三井が帰ってきた。
「おかえり……」
「ただいま。あー、疲れた。さすがに酒がまわる……」とネクタイを緩める。
いつもと変わらない。上着を受け取ると、三井の匂いに混じって、店でついたと思われるタバコの香りが少しした。
「お、サンキュ。おまえも疲れた顔してんな」
「そう……?」
ついさきほど、もともとの疲れに拍車をかけるようなことがあったわけで。
「化粧落としたからか? それより元気なくねーか?」
「……早く自分もスッキリしてきなよ……」
そんなことに気が付くくらいなら、もっと察するべきことがあるだろうと思う。おそらく三井は彼女の気持ちに何も勘付いていない。それは先日の話からもわかる。
あのカードに込められた想いを感じとったのは、自分も三井が好きだからなのかもしれない。“同病相憐れむ”ではないけれど、滲み出るものに、自分も共感し呼応するものがあったから。
ハーフパンツを身につけ、肩からバスタオルをかけた三井は、そのまま冷蔵庫を開け、ペットボトルの冷たい水をあおった。そして、キッチンのシンクの洗い物がなされているのを見て、「わりぃな」と言った。
「どっちかっつーと、4月からのが忙しいんだ」
「移転してくる取引先の引継ぎだっけ?」
「メインはそれ。あ、そうだ、4月中に上海にいってくる。その会社の工場があんだよ。たぶん一泊か二泊」
「いいなー」
「いいなって、仕事だぜ? しかも課長と。どーせなら、上海ガニのシーズンが良かったな」
「余裕あるかわかんねえけど、何か土産買ってくるから」と言う三井。そのニヤリと無邪気さをのぞかせる裏表のない笑みは、紫帆を穏やかな気持ちにさせた。
こうしてふたりで過ごす時間に、余計な深読みはいらない。誰かが三井のことを想っていようとも、肝心なのは、自分たちがお互いを向いていること。
そう思ったら、紫帆は安らぐような心地になる反面、何だか無性に三井に抱かれたくなった。抱いて欲しい──
目の前には三井の裸の胸。紫帆はそこにそっと頬を押し当てた。せっけんの香りに混じって三井の匂いが微かにする。
唇をゆっくり這わせた。舌でなぞり、軽く歯をたて、甘く濡らす。三井の手が優しく肯定するように紫帆の頭を包み込んだ。
「どうした? 何か……あったのか?」
何か……? あったような、なかったような。いや、三井がまったく気付いていないのだから、何もないと同義だろう。
三井の首に腕を絡ませ、ううん、と頭を振ると、頬を両手で挟みこまれ、上向かされた。「飲み過ぎか?」なんて覗きこんでくるので、怒ったふりをして離れようとしたが、すでに逃れられなくなっていた。