三井長編 続編・番外編

□En confiance 6
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そのころ―――
三井はというと、出先からの戻りで駅から支社に向かって歩いていた。今日は少し早く帰れそうだ。自然と急ぎ足になっていたのだが、その歩みがふと緩んだ。

通りの向かいのビルから出てきた男女。その女性の方は紫帆ではないだろうか。確認するように少し目を細めた。

紫帆とおそらく上司だと思われる。彼女の勤める銀行は南口にあるのだから、この辺りで見かけたとしてもそんなに驚くべきことではない。だが1年近く付き合ってきて、初めてのことだった。

三井は紫帆の隣の男に視線を滑らせた。30歳ぐらいだと聞いた覚えがあるが、年齢以上に落ち着いて見える。
少し木暮に似ている、そんな印象を受けた。誠実さを感じさせる眼差しで、紫帆を見下ろし何か話しかけている。それに対して、控えめに微笑みを浮かべる紫帆。

足が地面にはりついたように、三井はピタリと止まった。そのまま首だけ振り返り、立ち去るふたりを目で追った。



数人で飲んだその帰り道。紫帆が電車に乗っていると、パラパラと雨が降り出してきた。ガラスを斜めに打ち付け流れていく。そのさまをぼんやり眺めながら、紫帆は考えていた。

次の週末、三井は休みだと聞いている。いつものように湘北に行くと。当然のように彼の家に行くつもりだったが、迷いが生じていた。

会いたい。けれど、会えば、また自分は三井のふとした言動から不安のカケラを拾ってしまうだろう。そしてそれは細胞分裂していくように増幅し、信頼を蝕んでいく。

三井を信じたいなら、会わないほうがいいかもしれない。出張が終わるまで。少なくともそうすることで、一定の感情をキープできる。


改札を出て、紫帆は折り畳み傘をひらくと家路をいそいだ。帰ったら三井に連絡しよう。今の気持ちが揺らがないうちに。だが、何て言えば……。
理由にあれこれ思い巡らせていると、先に三井から電話がかかってきてしまった。

「まだ外か……?」
「駅から歩いてるところ」

そっちは? と返しそうになって紫帆は慌てて口をつぐんだ。聞かないほうがいい。また要らぬ想像をしてしまう。
だが実際のところ、三井はすでに家に帰っていた。あれから── 紫帆と上司を見かけてから、仕事を片づけて、1時間以上前には帰宅していた。

「……遅くねえ?」
「ちょっと飲んだから」
「そうか……。土曜休みだから、明日、来るか?」

不思議な間のあと、「今週末はちょっと……行けないと思う。あの、用事あって……」と曖昧な返事が返ってきた。何だか判然としない。

「ごめん」
「謝るなよ。しょうがねーよ」
「出張、来週の火・水だっけ?」
「そう」
「帰ってくるの待ってるから。帰ってきたら……ゆっくり会おう? ゴールデンウィークに入るし」

「ああ、そうだな」と物わかりのいい返事をしたが、三井は明らかに浮かない表情だった。
紫帆の声が、背後の雨音を絡みつかせて響いてくるその声が、いつもとは違う何かをひそめている気がしてならない。考えすぎだろうか。

「家に着いたか?」
「うん、今、門あけてるところ」
「じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

それを聞いて、三井は携帯を切った。
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