三井長編U

□conte 22
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言われるがままに免許証を見せ、通帳まで差し出した。彼女には今まで以上に……すべてをさらけ出している気分になる。
印鑑も言われたところに押した。何だか操られているようだ。
でもそんなのも悪くない、と思う自分はすでにおかしい。

「三井さん、登録住所がたぶんこれ実家になってるから、住所変更必要だなあ。ここにチェックいれて書いてくれる?」

再発行届には今の住所が書かれていた。

「へえ、〇吉に住んでるんだあ」
「そ、土日にいることは少ねえけど」

それは想像がつく。

「寝に帰ってるだけ? ちゃんと自炊してんの?」
「なるべくな。体のためにも……けど、奢ってもらう約束は忘れてねえからな?」

端末に新住所を打ち込んでいた紫帆の手が止まった。いきなりの展開に驚いて顔をあげると「うやむやにしようと思ってただろ?」と疑いの目を向けられる。まさか、忘れるわけない……が。

「し、仕事中なんですけど……」
「今決めねえで、いつ決めんだよ。逃げる気か?」

今じゃないでしょ、と突っ込みたいところだが、三井は携帯を操作しながらあれこれ思案したあげく、30日はどうかと話を進めていくではないか。

「たぶん、大丈夫だけど……」
「よし、決まりな。ま、これ以上は後でにしようぜ」

当たり前だ。ここは銀行で、自分はミスの許されない仕事をしている。少々、落ち着きを取り戻すのに苦労したが、書類の点検をして通帳を返すころには、紫帆は普段通りの平静な表情に戻っていた。

「お客さま、投資信託にご興味はありませんか?」
「その通帳見りゃ、そんなこと聞く気もおきねえと思うぞ?」
「見ていいの?」
「見んな!」
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