牧 中編

□シネマティックストーリー 02
2ページ/2ページ


「それぞれ皆、頑張ってるんだね」
「上野もな」
「うーん、私なんかまだまだだよ」
「頑張ってきたから、ずっとやりたかった宣伝部に異動できたんだろう?」

そういえばワインバーで、牧にはそんな話をしたかもしれない。
卒業してからのこと、お互いの仕事。
ブランクを埋めるように語り合ううちに、しがらみのない気安い関係に心地よさを感じ、促されるままに話していた。
それでいて高校の同級生であったということは、根っこがつながっているような不思議な連帯感がある。心置きなく会話を楽しむことができた。

「運がよかった部分も多分にあるんだけどね」

麻矢はジョッキ再び口にした。
空腹のときのビールは胃に浸み入る。
ピッチが少し早い気がするが、美味しいのだからしょうがない。

「それより、高砂くんの話聞かせてよ。彼女って会社の人?」

ぽつりぽつりと語られる高砂の話題をつまみに、早々に冷酒に切り替えた。ガラスの徳利はあっという間に消費され、もう一本頼んだ。
気楽で楽しいお酒だった。

高砂の電話が鳴り、店の外に出ていった。
「彼女かな?」と言いながら、麻矢は牧のグラスにつぎ足した。
「ニヤけてたから、そうだろう」
今度は牧が注ぎ返してくれる。


「上野も忙しいんだな」
「今は特にね」
「いつ、その新商品は発売なんだ?」
「20日。そこを超えたら少し落ち着くかな」
「早く解放されたい?」
「そ。今はこの前みたいに映画見にいったりする余裕もないなあ。あ、六本木のミニシアターであの監督の別作品を上映するらしいよ?」

休みがまったくないわけではないが、時間というより心のゆとりがない。麻矢は注がれた冷酒をゆっくりと口に含んだ。酔いがゆとりのない心を解きほぐすように広がってゆく。

「それ、一緒に行かないか?」

ほんの少しの間のあとに、牧があっさりと言った。アルコールが入っていなかったら、すぐに返事ができなかっただろう。きっとその言葉の意図をはかりかねてしまっていたに違いない。
酔いのおかげで詰まることなく、「いいね」と自然に答えられたと思う。かろうじて。

「見終わったら、また何か軽く食べて帰るか」
「それいい、そうしよ」



仕事の成果は、発売になったその後、実際に売れるかどうかにかかっている。とはいえ、当の発売日はさすがに宣伝部には、嵐が去ったような穏やかさがあった。
麻矢もいちから携わったのはこの商品が初めてだったので、ホッと一時の安堵に包まれる。

発売前は外に出る機会が多かったので、溜めこんだデスクワークをやっつけようと勤しむが、これはこれでいっこうに減っていく気配がない。

本来なら気が滅入るような作業だが、麻矢の表情は生き生きとしている。
部内に漂う脱力感とは対称的だ。
それもこれも、きっと週末の約束があるから。あんなちょっとしたことで、こうもやる気に違いがみられるとは。
自分の単純さに呆れつつも、自然と顔が緩んでしまう。


だが、翌日、牧から連絡があった。
「急に仕事が入ってしまった」と。

「行こうと言い出したのはオレなんだが……。すまない、延期してくれないか?」
「しょうがないって。気にしないで」
「じゃ、来月になってしまうが、また」

メールではなく電話がかかってきた時点で、そんな予感はした。
なるべく落胆を滲ませないよう明るく答えたつもりだったが、どうだろう。牧に気付かれなかっただろうか。
麻矢は胸の中で小さくため息をついた。

そして、調べてみれば、その映画の上映は今月いっぱいまでだった。
次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ