牧 中編

□シネマティックストーリー 03
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銅色のドーム型の覆いの中から、シュワっと軽やかな音が聞こえる。
築地から仕入れた新鮮な素材を、食感まで計算し尽くしたカットと薄衣で揚げ、その具材ごとにどんないただき方が最適かひとつひとつ丁寧に教えてくださる。
プリプリの海老は雪塩にレモン塩を少し混ぜて。上品な旨みが引き出され、素直にただ美味しい。

「この水ナスも最高。この間までの忙しさが報われた感じ!」
「おいおい、売上につながることが一番の報いじゃないのか? たった今、自分でそう言ったばかりだろう」
「もちろん、会社員としてはそうだけど、個人的に。それって大事だよ。牧くんは? 個人的なモチベーションとか目指すものってなに?」

その時、注文した冷酒が運びこまれた。
麻矢は淡い枯れ葉色をした銚子をとり、返答を促しながら揃いのお猪口に注いだ。

「ベストだな。最善を尽くすこと」

牧は同時にかすかに笑って、お猪口の酒をクイッと流し込んだ。

「ふふ、牧くんらしい。海南のキャプテン時代からそうだよね、常にベスト。勝利。しかもほんとに実現しちゃうからすごいよ」
「全国ではベストになってないぞ?」
「だから、そういうところが。その執念ともいえる貪欲さが牧紳一の強みなんだろうなあ」

骨太な強さが牧の精神を真っ直ぐに貫いていた。それは周囲にも浸透し、安心感を連れてくる。間違いなくバスケ部の大黒柱は牧であり、その影響力は計り知れない。

そんな牧が教室では普通の男子だった。
黙っていると多少の威圧感はあるものの、話しかければ自然な応答。隣の席になった時には「髪、切ったか……?」なんて言われて驚かされたことがある。

当然、モテた。牧の彼女になりたい女子は後をたたなかった。それをひとつひとつ断るのは面倒だろうに、牧はすべてに真摯に対応する。
そんなところでも“ベスト”を発揮していたのかもしれない。

テレビの話題や流行には疎い面があったが、授業中は肘をつきながら居眠りをしてしまう姿は周りとなんら違わない。
だが、あれから10年近くたった今、その牧が隣で酒を傾けているから不思議だ。しかもこの出来事も3回目。

麻矢は再び牧に酌をした。
それを口にすると、「旨いな。これはこれで立派な報酬だな」と牧は呟いた。
麻矢もひと口。身体のすきまにしっとりと沁みとおるような気がした。


そして冷酒がすすみだした客の嗜好に合わせてだろう、ある揚げ物が陶器の皿によせられた。微に入り細を穿つもてなしが心憎い。大葉に包まれた何かのすり身のように見えるそれ。
「これが一番のおすすめだ」と牧も言う。

懐紙で受けながら口にすると――「ウニ?」
牧がニヤリと笑ったのが、目の端にうつった。

「甘い……」

ウニの天ぷらなんて初めて食べた。生より甘い。衣が薄く、油が残るどころか、磯の香りと相まって爽やかささえ感じる。

「牧くん、これ、ベストだよ」
「だろ?」

今まで以上に満足そうに牧は笑みを深めた。
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