牧 中編

□シネマティックストーリー 07
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それからも何かといっては牧と会っている。
エステのお礼と自分から誘ったこともあれば、仕事で近くに来たからと電話がかかってきたこともあるし、美味しい店を見つけたからと呼び出されたこともある。

先日は気の利いた蕎麦屋があるということで、仕事帰りに待ち合わせた。
趣きのある店内で、店主が厳選した美味しいお酒を、蕎麦屋ならではのアテで飲めるとのことで、打ち立ての蕎麦を待つ間、鴨ネギに出汁巻き卵を頼み、熱燗を味わった。

「天ぷらといい、蕎麦といい、牧くんは和食が好きなの?」
「そうだな。それと、日本酒が好きなのかもしれないな。だから上野が飲めるクチで良かった」
「人を酒飲みみたいに……」
「でも、好きだろう?」

牧にまっすぐに見つめられる。

「うん……まあ、ね」
「だが―― 次はまったく違うものにするか。辛いものは平気か?」

こんな調子で次の約束をすることもあった。
かと言って、付き合っているというのでもない。不思議な、しかし心地よい関係だった。

その時は新宿の奥まったところにあるタイ料理の店に連れていってくれた。
怪しげなドアの店だったが、中は落ち着いていて、何より本格的な味に舌鼓をうつ。ビールが美味しい。香辛料の効いた料理には辛口の白ワインも合う。

そして牧はいつも様々な話題で麻矢を笑わせた。
それでいて、「このままバスケを続けるか迷った時期がある――」と自分のプライベートな話をさらりと打ち明けてくれたり、子供の頃やご両親のことなど、身近なことを口にすることもあった。

「じゃ、サーフィンを始めたのは叔父さんの影響?」
「おかげでスイミングスクールなんて通う必要がなかったな」
「その叔父さんは今でもなさっているの?」
「ああ、50歳を過ぎた今も年中日焼けしている。なかなかすごいぞ? その腕前も」

自分の原点や内なる部分を語ってくれる、さらけ出してくれることが嬉しい。それは麻矢の心を穏やかに満たす。
会えば会うほど惹かれていく。もう止めようがなかった。

支払いをどちらがするかは、賭けで決めるのが恒例となっていた。とはいえ、何だかんだ牧が負けることが多いような気がする。

「次に来る客が男か女か賭けよう」
「私は男の人にする」
「とすると、オレは女だな」

象がモチーフだと思われる奇妙な彫刻の施されたドアに注意を払いつつ、グラスを傾けた。目の前のフルボトルはもう底を見せている。
牧と過ごす時間はいつもあっという間だ。なんて早く過ぎていくのだろう。

「来週の3連休は何してるんだ?」
「特に用はないけど、実家に行こうかと思ってるとこ」
「オレも海に行こうと思ってたから、向こうで合流しよう」

当たり前のように牧がそう言う。
これはどういうことなのか――

やがて入口のドアからスタイルの良い、髪の長い女性が入ってきた。すごい美人だ。

「オレの勝ちだ」とほくそ笑む牧。
だが、ふいに飛び込んできた彼女の低めの声に、ふたりは顔を見合わせた。

「……どっちだと思う?」
「微妙なとこだが、確かにこの先は新宿2丁目だからな……」
「うーん、公正にここは割り勘ってことで」
「そうだな、それが妥当だろう」
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