牧 中編

□シネマティック Rival 07
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そのまま会釈して立ち去ろうとした牧だが、ふと思い直し、ちらりと時計を見ると言った。

「星野さん、少し時間、いいですか?」
「あ、じゃあ、そこでコーヒーでも」
「いや、5分もかからない」

向かい合って話すほどのことではない。というより、むしろ何を話そうとしているのか、自分が知りたいくらいだ。何を聞き出そうというのだろう。だが、機をのがすとうやむやになる。
人の流れの邪魔にならないよう道の端に寄れば、「麻矢ちゃんから聞いたんですか」と彼は苦く笑った。

「麻矢は何も」
「そうか、あなたに余計な心配かけたくなかったんだろうな」
そう言って僅かに口を歪めると、「オレ、彼女に告白しました」と切り出した。

「そんなつもりなかったんですけど、あなたと嬉しそうに電話で話す彼女を見てたら堪らなくなって……抱き寄せて『帰したくない』なんて口走ってました」
「………」

きっとあのパーティーの日のことだ。あまりに正直な言い様に、呆気にとられ頷きかけたが、とんでもない。
かといって、こんな人目のあるところで胸倉をつかみ上げるわけにもいかず、拳をグッと握り締め、黙って待った。その射すくめるような目に気圧されたのか、星野は目を伏せ続けた。

「好きだって言ったら、これでもかって驚かれて、結果は言うまでもないですよ。あなたという人がいるのはわかってた。それでも好きになったもんはしょうがないって足掻いてみたけど、ダメだったな」と彼は自嘲めかして笑ったが、そこには悄然とした響きもあった。

「牧さんは何か察して……だからオレと話しようと思ったんですよね」
「あの日から麻矢の様子が少しおかしくてな」
「なるほど、やっぱりオレは麻矢ちゃん困らせただけか……」

星野は大きく息をつき、肩の力を抜いた。

「ほんと、牧さんは冷静で隙がない。かなわないな。さすが帝王」
「なぜそれを」
「麻矢ちゃんが言ってましたよ。帝王牧って」

そんなことまで話していたのかとぼんやり思う。内心では星野のことが気になったり、しっかり嫉妬していたのだから、その呼び名は恐れ多いのだが。とにかく違和感の正体はわかった。

「呼び止めてすまなかった」
「いや、こちらこそ」
「いい作品が出来たと聞いているが」
「オレの中でも自信作ですよ、頑張ったからなあ、動機は不純だったけど」

星野が牧をちらりと横目で見た。静かに笑う。牧も口元に緩やかな笑みを浮かべた。


新橋についた。
思案したあげく、胸ポケットから携帯を取り出し、麻矢に連絡した。彼女の最寄り駅で合流すれば「まだ水曜なのに珍しいね」と屈託ない笑みを向けられ、牧は困惑した。
今ここで抱き締めたい。さきほど聞いた一件を拭い去るように──
だがまだ車も人通りも多い。牧は麻矢の手を握ると、言葉少なに歩きだした。
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