大学編 牧

□conte 02
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太陽が西に傾き、その光を反射して海面がキラキラと輝いている。爽やかな風の音とともに、薄く開けた窓から潮の香りが入り込んでくる。懐かしい匂い。
国道に戻り、江ノ電と並走しているとすぐに陵南に着いた。牧たちも国体の練習で来たことを思い出す。

「自分の母校じゃなくても懐かしい気持ちになるな」と牧が言うと、「母校に行ってきたばかりじゃないですか」と神が笑う。

藤真も笑うが、玲だけは心ここにあらずといった感じだ。
敷地内を歩いていくと、だんだん耳慣れた音が聞こえてくる。ボールをつく音、バッシュと床のこすれる音。

「挨拶行くか?」
「ううん、さっきと同じ理由で遠慮する。それに私のフィールドはこっちだからね」とテニスコートを指して初めて笑みを見せた。

「でも、いい。見に来ただけだから」
「気持ちの整理をしにきたんだろう?」

その牧の言葉に玲は振り返り、3人を見た。

「付き合ってくれてありがとう。ひとりで来る勇気はなくて……でもなんとも頼もしい方々を従えて来れるとは思わなかったな」と口元に薄く笑みを浮かべた。

「従ってねえぞ? しぶしぶ来てやったんだ」
「藤真さんが陵南行こうって言ったんですよ?」


この3人と一緒で良かったと玲は思う。いきさつをすべて知っていて、仙道に近い人間でありながら、陵南にとっては異邦人。その距離感が自分にバランスをとらせてくれた。語らずとも理解してくれたのが嬉しい。


「行きましょうか。お礼にお茶でもどうですか?」
「えー、メシおごれよー。玲、最近仕事増えてんじゃねえか」
「また食べるの? まだ早くない?」
「そりゃバスケすりゃあ、腹減るよな?」

藤真はしてないだろという視線を3人が向けると、「オレ、運転したし」とわざと首をコキコキと回して見せた。

「しょうがないなあ……」



お腹を満たし、また車に乗り込むと、5分もしないうちに玲は船をこぎ始めた。
揺れたときに玲の髪が隣に座る牧の腕をかすめる。一定のリズムを刻んで繰り返されるそれは、くすぐったく心地よい。

牧はそっと玲の頭を引き寄せ、自分の肩に寄りかからせた。
バックミラー越しに藤真が気が付いた。

「玲、寝ちゃった?」
「ああ、昨日今日と……疲れたんだろう」
「こいつは何もしてねーじゃん」
「精神的にだ。それよりちゃんと前見ろ」

肩に心地よい重みを感じる。触れた箇所からは暖かい体温が伝わってくる。
もっと玲の体が安定するように体をずらそうとして……気が付いた。玲が自分の服の裾をギュっと握りしめている。まるで行かないでというように。

「牧、重たいだろ? 頭つき返していいからな?」
「いや、大丈夫だ」
「そうか?」

服を掴む手とはうらはらに、安心しきった顔をして寝ている。いつも健やかな顔をしていて欲しいと思った。思いつめたり、それを隠すために平気なふりをせずに済むように。

渡米直前まで仙道を近くで見てきたから、いまだに感情移入しちまってるのか。それが行き過ぎて、玲に何か責任のようなものを感じているのか。何がこんな風に自分に思わせるのかわからなかった。

けれど確かなのは―――
寄りかかっていればいいと思うこと。自分だけじゃどうしようもないなら、少しは頼って欲しいと思うこと。今日はほんの少し、そんな玲を見ることが出来たような気がする。

だが、まだまだ足りない……。そんな思いがじわじわと牧を侵食し始めていた。
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