大学編 牧

□conte 05
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その目を見て思った。
何も言わなくていい──


*****

スッキリと片づけられた部屋。テーブルの上にはコーヒーカップがふたつ。そして、しおりが挿まれた本が一冊。
『ストーリーとしての競争戦略』
数年前にベストセラーになっていた経営戦略論。玲は牧の向上心に感心する。

牧は先ほどの質問を玲に問い返した。

「玲ちゃんはどうなんだ? どういうイメージ持たれてると思う?」
「そうですね、まず健司と恋人ってイメージ、どうにかしてほしいですね」と迷惑そうに玲は笑った。

「それは冗談ですけど、まあ実際は、強気で猪突猛進なんて周りに言われてましたよ。動物にたとえるとイノシシって。ひどくありません?」
「イノシシか。そうだな、一直線に向かっていきそうだな」
「だからなかなか止まれなくて……方向転換もできない……のかな。切り替えできればいいのに……」

急に歯切れの悪くなった玲に、牧は迷ったが口にした。

「だからこの間陵南に行ったんじゃないのか?」

一瞬の沈黙のあと、「そうですね」とだけ玲は言った。やはりこれ以上は踏み込ませてくれないらしい。そして、雨小降りにならないかな〜と窓の外を見に立ち上がった。

まだ遠くで雷が鳴っている。空は不穏な黒い雲に覆われているが、きっとあと30分もしないうちに通常の色を取り戻すだろう。
不意に彼女の視線が本棚の一点でピタリと止まる──

しまった。それが何だか、牧はすぐ気づいた。5月の関東大会で優勝したときの写真。
玲はわずかに目を見開いたが、すぐ伏せ、また外に顔を向ける。だが、窓ガラスは彼女のやるせない表情を写しだしてしまっていた。

牧も立ち上がった。歩みより、呼びかけるが反応がない。逸らされたままの意識を戻すため、少し口調を強めた。

「玲ちゃん?」

さすがにビクッとし振り向いたが、見下ろすように立つ自分に目を合わせてくれない。

「まだ……苦しいか?」

すぐに取り繕うように笑顔を浮かべる彼女。牧は手をのばし、写真立てをそっと伏せた。
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