仙道 大学編

□conte 08
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人間にも帰巣本能ってあるんだな―――
数ヶ月しかまだ住んでいない家だが、気が付くと帰ってきていた。無意識に電車に乗って、無自覚だが降りるべき駅で降り歩いてきたようだ。
ちゃんと赤信号で立ち止まったのかどうかすら、思い出せない。でも、もう家の前。

汗をかいているが、何の汗なのかわからない。ひどく蒸し暑い季節だが、「暑い」という感覚はまるで持てなかった。だが、とりあえずシャワーを。
頭からぬるめのお湯を浴びると、何か張りついたものが流されていくような気がした。

自室に戻ると、携帯が着信を知らせるランプがチカチカしていた。予想通り「彰」の文字。
でも、今、直接彼と言葉を交わす気力は持ち合わせていない。ただただ点滅するランプを見つめていると、それは諦めたように止まった。

自分に真っ先に知らせてくれなかったことにどうこう言う気はない。一番報告しづらい相手であることは確かだから。

何も知らずに今夜会って、切り出されたことを想像するほうが恐ろしい。そういう意味では、事前にどのような形であれ知って良かったとすら思える。

だが藤真たちを心配させてしまったに違いないだろう。後でフォローしとかなくちゃ、などと考える自分が玲はおかしくなってきた。それどころじゃないくせに……

とりあえず仙道にメールをした。

『今日の約束、明日にしてください』

送信したとたん、先ほどのA学院大で聞いた言葉が頭に浮かんできた。

「仙道、アメリカ行くらしいぜ?」

嘘でしょ……という気持ちはなかった。仙道がいつか行ってしまうのではないかという漠然とした思いはあったから。
F体大に進学したことで、そのことを忘れつつあったのに、ここにきて現実としてつきつけられた。

アメリカに行くんだ。
彼のバスケのために。
喜ぶべきすごいチャンスだ。

考えなくてはいけないのは、自分と仙道とのこと。いや、もう頭ではわかっている。このままの状態で仙道を送り出すことはできないってことを。

かつて、自分がいるから頑張れると仙道は言ってくれた。けれど、それは今回の場合は通用しない……ならまだいい。
最初のうちはそうあるかもしれない。だが時間がたつにつれ、むしろ重荷となり、プレッシャーとなったら……いやだ。そんなの耐えられない。

玲は自分のベッドに倒れ込むように横になった。ふと隣に仙道が寝ていることを思い浮かべてしまい、離れたくない気持ちが沸き上がってくる。

いつも優しく自分を包んでくれた仙道。いなくなるなんて信じられない。そばにいて欲しい……行かないでと言いたい──

思わず涙が頬を伝う。後から後から湧き上がってきて、枕に突っ伏して泣きつくしてしまいたい。
けれど、そんなことしたら、明日仙道にヒドイ顔を見せることになるだろう。彼は何も言えなくなってしまうに違いない。

今日は我慢しなくては。目を閉じ、大きく息を吐き出す動作を繰り返した。

自分から切り出すべきなんだろう。区切りをつけよう。そのほうが仙道は自由になれる── でも…でも……。
玲にしては珍しく、そんな堂々巡りを繰り返していた。
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