あれから5年後
□conte 29
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もう どうしようもない愛しさに……
Conte 29
朝、携帯の着信音に玲は起こされた。掛けてきたのは壁の向こうの隣人。
「おはよう、玲、バルコニーに出てこいよ」
返事をする前に切れた。何なんだか……
言われるがままに窓に近寄ってカーテンを開けると、朝日が眠りから醒めたばかりの目にまぶしい。が、次の瞬間には、一面にその日を受けて光る海が目に入った。
鍵を開けて出ると、隣のバルコニーで仙道が柵に肘かけて海を見ていた。
「おはよう、すごい、きれい……」
「玲はすごい出で立ちだよ?」
「いいの、寝起きなんだからっ」
目の前に広がるは相模湾。
そして朝になり、ここのホテルの全容も見えてきた。丘の上の広大な敷地に立っており、眼下には芝生が広がる。その片隅にはチャペルもあった。
「ねえ、ここコテージもあるんだね」
指さした先には丘の先に十棟のほどの小さな屋根が並んでいた。
「小さくてかわいい」
「じゃ、今夜はあそこに泊まる?」
「ホント?」
「空いてたらだけど、平日だし大丈夫だろ」
玲の嬉しそうな顔に仙道は目を細めた。素顔のままの無邪気な笑顔に、高校時代の玲を思い出す。変わってねーな、とそれが嬉しかった。
一階で朝食をとってから、そのまま外に散歩にでた。さきほど上から見たコテージの方に行ってみる。
近くで見ると2階だてのメゾネットになっており、思ったよりゆったりした造りだ。
「あ、今夜OKだって」
テンションが上がった玲は勢いで仙道の腕をとった。歩き始めてからずっとそうしたいと思っていたから。
シャツ越しでもその確かな筋肉を感じられ、その腕に包まれる安心感を思い出す。自分に必要なのはこの腕だと……そう思うと今この状況に感謝したい。
仙道は芝生にごろっと横になり、玲に膝枕を要求した。なぜか今なら何でもしてあげたい。この解放的な空間がそうさせているのかもしれない。
「このまま寝ちゃってもいいよ?」
「……何かいやに優しいし素直だな?」
「な!? せっかく!」
「うんうん、じゃ、ついでにキスして?」
言われるままに上体を折り曲げるようにかがんで額にキスした。すると仙道が腹筋を使って軽く身を起こしてきて、唇をチュっと吸われた。
今日はオフだからか、髪を下ろしたままの仙道。そのままそっと彼の頭を撫で続けた。
満ち足りた時間が人を優しくさせるのだと思う。ずっとそばにいたいと思わせてくれる人が今隣にいる。
この時が永遠に続きますようにと願わずにはいられない―――
昼過ぎには下の漁港に降りて、地元の市場でとれたての魚を堪能した。
ホテルに戻ると、もう荷物は移動されていた。コテージは一階にリビングがあり、その奥と二階にベッドルームが配されている。本棟の部屋の窓からは空と海が広がっていたが、こちらは緑に囲まれた空間。
「気分変わっていいな」
冷蔵庫からビールを取り出しながら、仙道は言った。玲にも一缶渡し、軽く乾杯した。
「まだ明るい時間から飲むなんて最高の贅沢だね」
「そんなこと出来るのもオフの時だけだな」
また明後日から取材やテレビ出演も含め、各種イベントに担ぎ出されるらしい。しばらくはゆっくりできるのは今だけだ、と窓の外を眺めていた仙道は玲の隣に座った。