続・5年後

□Thermalisme 1
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熱海の温泉街を通り過ぎて海沿いのバイパスを走ること数分。ナビの指示通り曲がったつもりだが、民家の間を抜けるように続く細く急な坂道に、間違ったのかと不安になってくる。
そろそろ登りつめてしまうのではないかと思っていると、少し色づいた木々の隙間から建物が見え、控え目に掲げられた木の表札が目に入った。

「迷ったかと思った」
「オレも」

だが、案内された部屋からの景色を見て急坂を登らされた理由に納得した。山の上に建てられたそこから見えるのは、紺碧に輝く海、そしてそこに浮かぶようにたたずむ初島。

広いテラスには小さいといっても通常のお風呂サイズ以上の露天風呂付きだ。チェアーも海に向かって配されている。「ここに座ってビールだろ」と仙道はニヤリと笑う。
「お天気も良さそうですし、明日は日の出がきれいに見えますよ」と仲居さんは日の出時刻を記した宿の名刺を置いていった。サービスもきめ細かい。

さらにこの旅館は頂上に向かって広い庭園も備えているらしい。上まで行ってみようよと誘ったが、「オレ、運転で疲れた〜」とさっそくテラスでくつろぎ始めるので、玲はひとりで外に出てみた。

つつじ、紫陽花── きっとその季節には情緒あふれるんだろうと思わせる中を歩いていくと、みはらし台に足湯まである。

やはり泊まり客だろうか、一組の年輩のご夫婦とすれ違い軽く挨拶した。その寄り添い歩くさまにいいなあなんて思いながら、庭園を一周した。

部屋に戻ると、室内にもテラスのデッキにも仙道の姿はない。広い大浴場にでも行ったのだろうか。だが鍵は自分が持って出た。
何気なく窓に寄ると……

「あっ!ずるい!」

仙道は海に向かって露天風呂に身を沈めていた。

「玲、なかなか帰ってこないからさー」

ほっとひと息つくような姿勢でヒノキの浴槽に背を預け、顔だけこちらに向けた。おろした髪から水滴がしたたり、その表情は満悦至極。しょうがないな……午前中は練習メニューをこなしてからなのだから。


「玲もおいで」
「…うん」

バスタオルに身をつつみ、外に出るといくぶん風が冷たい。軽く湯をあび、気持ちばかりタオルで体を隠し、そっと足をおろした。

「真冬に寒い中で浸かるのもオツだろうけど、今がちょうどいいよ」

そう言いながら、仙道は半身を湯から出し、段差に腰かけた。玲はその隣で肩まで温まる。
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