続・5年後

□Cerisier
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朝からの取材が終わり、中途半端に空き時間ができた。午後にはまた事務所で打ち合わせがあるので、どこかで時間を潰そうと何気なく携帯を探ると、少し前に仙道から着信があったことに気づく。

「あ、ワリィ、仕事中だったか?」
「終わったとこ。あとは午後だから」
「じゃ、少し時間あるな? 今、どこ?」

新宿だと言えば、「新宿なら御苑だな」とのつぶやきが聞こえた。仙道の意図することはわかった。

「それいいね。何か買っておくから、なるべく早くね」

デパ地下に寄ると、いつも以上に惣菜やお弁当を扱うスペースが込み合っていた。きっとこのあと、大多数の人が同じ目的に向かって歩いていくのだろう。
その流れに乗るように玲も見繕い、再び地上に出ると辺りのビル群にはこれでもかと早春の生温かい日差しが降り注いでいる。これはマズイと、日焼け止めを塗り直してから正門に向かった。


人より頭ひとつ飛び出た仙道はすぐわかる。

「人混み嫌いなのに、よく来ようと思ったね」
「ん? 玲と桜見たかったからさ」

去年は一緒に見ることはかなわなかったから、今日は少し無理して時間を捻出した。些細なことだが、自分には意味がある。

入口の混雑ぶりには気後れしたが、逆に中にはいると拡散されて、ここが新宿の駅から徒歩圏であることがうそのようだ。
満開の桜が雲ひとつない晴れ上がった空を背景に、時折、花びらを散らせてくる。ずっと向こうまで淡い桃色が広がり、多くの人たちがその下で思い思いに過ごしていた。


芝生の上をゆっくり歩んでいると、仙道が何かに気付いたようだ。進路を変え、一本の桜の木の元へ。男の子たちが上を見上げて途方にくれていた。

「とってあげるから、ちょっと離れて?」

紙飛行機が桜の枝にひっかかっていたのを、一度のジャンプでヒョイと落とす。
屈んで拾い上げ、彼らに差し出すと、感嘆と子供特有の恥かしさでうまく言葉に出来ないようで、「あ……」と受け取ると、逃げるように走り去ってしまった。

「怖がられちゃったんじゃない?」
「怖いかなあ?オレ……。 ちょうどいいから座るか。玲、何買ってきてくれたの?」

広げずに食べられるように、バゲットに具をはさんだベトナム風サンドイッチにした。ヌックマム(魚醤)とチリソースがなぜかフランスパンにとても合う。
ガブっといこうと口を開きかけたところで、さきほどの男の子が走り寄ってくるのが目に入った。

息を切らせながら差し出してきた手には、小さなキャラメル数個。仙道は大きな手でそれを受け取ると、「ありがとな」と言った。
それを聞いて、男の子も小さな声で「飛行機……ありがとう」と言うやいなや、今度は笑顔で走り戻っていく。

「かわいいね」
仙道は頷きながら、バゲットにかぶりついた。


何年後かにも── こうやってのんびり桜の元で空を振り仰ぎたい。かたわらには玲、そして自分たちの子供でもいたら最高なんだけどな、との漠然とした思いが頭に浮かんでは蓄積されていく。

(最近、こんなことばっか考えてんな……)

キャラメルの包みを指先で器用にあけると、仙道はポンと口に放り込んだ。
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