続・5年後

□Petite visiteuse
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玲の部屋の玄関チャイムを押そうとして、仙道はふと手を止めた。おとりこみ中かもしれない。
いちおう持ってはいたが、ほとんど使ったことのない合鍵を差し込み回すと、大きな体をかがめるように中に入った。

予想に反して、中は驚くほど静かだ。何だか心配になり靴を脱ぎながらも玲の姿を探すが、相変わらずシーンとしている。
床には普段見慣れないカラフルな物体が転がっており、テーブルの上には食べっぱなしの食器が置かれたまま。

部屋に入りキョロキョロと見回すと、ベッドと部屋を区切るように置かれた衝立の向こうに足が見えた。
そっと覗くと寄り添うように眠るふたりが。床に敷いた小さい布団に寝かされた赤ちゃんと、そのわきのせまいスペースに倒れるように玲が横たわっている。
格闘しているうちに、自分も眠気に勝てずに寝てしまったのだろう。

最近、この姪っ子は伝い歩きを始め、目が離せないと聞いている。何でも口に入れるから、預かる前に低い位置のものを片づけないと、と玲が言っていた。
先日買った小さな鉢植えのガジュマルがない。と思ったら、ベランダに出されている。「幸せが宿る樹なんだって」と大事そうにしていたわりには、もう締め出されてるのかよと可笑しくて、ゆるんだ笑みを口元に浮かべた。



食器を片していると、物音が聞こえた。振り向くと、衝立につかまり立ちをする赤ちゃんと目があった。寝起きでご機嫌なのか、泣かれはしなかったとはいえ、近寄ろうとすると、ハイハイで逃げてしまう。
だが、そこで周囲がいつもと違うことにハタと気づいたらしく、仙道に抱き上げられると泣き出してしまった。

「あー、よしよし。ママはちょっとお出かけなんだよ?」

パパではない男の人に今さらながらビックリしたようだ。目にいっぱい涙を溜めて、今にも本格的な泣きに入りそうなので、仙道は窓を開けて、ベランダに出た。
外の空気に気が逸れたのか、少しグズグズするだけで済み、そのまま大人しく抱かれているので、仙道は優しく彼女に話しかける。

「あのお姉ちゃんと何してた?」
「やっぱりママがいい?」
「髪、少し伸びたな」

生まれたばかりのミルク匂さとはまた別の、赤ちゃん特有の柔らかなにおいが漂ってきて、それは自分をとても幸せな気持ちにしてくれる。
特別、子供が好きなわけでも何でもない。けれど身近な存在のこの子が何ともいえず愛おしい。これが自分の子だったら、どんなにそう思うか……。

女の子だったら、嫁になんかやれねーな、と腕から伝わる温かな重みを感じながら、ぼんやりと風に吹かれていた。
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