続・5年後

□Massage
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「で、出来たぁーー!!」

玲がノートパソコンに向かって、あーでもないこーでもないと格闘していたのは明日が締切りの契約誌の連載コラム。
ちょうどお風呂から上がってきた仙道は、髪を拭きながら後ろに立ち、覗き込んだ。

「『必要不可欠なもの』?」
「そう、それが今回のテーマ。抽象的な話題って広がるけど難しいんだよね。少し前の『大人だからこその臆病』って時も。あれはまいったよ」

首をぐるりと回す玲の両肩をほぐすように力を入れてやれば、ずっと同じ姿勢だったせいで凝り固まっている。

夕食後も自分のことは放置で、熱心に取り組んでいた。そういう一生懸命でひたむきな彼女が好きだから、邪魔しないよう、自分は筋トレに励み、早々に日々課した量をこなし終えた。
いつもより効率良く出来たかもしれない。

「凝ってんな。マッサージしてあげるよ。そこに寝て」

やった、とうつ伏せにソファーに横たわる玲の後ろ髪をかき分けて、首の付け根あたりを仙道は親指で指圧する。

「あ〜、いい感じ。気持ちいい」
「だろ?」

素直に身を任せる玲に、今度は両手を使って背中を解していく。

「ねえ、彰にとって不可欠なものって何?」

仙道は片眉をあげた。とある“モノ”が思い浮かんだが、それはストレートすぎるし、あえて言うのは無粋というものだ。

「ん〜、こういう時間かな」
「相変わらずのんびりね」

ただのんびりするだけでなく、玲と過ごすゆったりした時間のことを指したんだけど、と言葉にはしないが仙道は思う。

「玲は? 何が必要?」
「彰のマッサージ」
「それは今だろ? 今だけじゃなくてさ……」

今度は背骨に沿って、回すように圧をかけながら玲に答えを促すが、リズムよく繰り返されるその動きに、彼女は目を閉じてしまっていた。
ま、いーか。
そのリラックスして安心しきった顔を見ていると、言われなくてもわかる。そして触れ合う手のひらから、自分に不可欠な“モノ”は何か、それは玲に伝わっているはずだ。




「そういえばさ、ちょっと前に三井さんと横浜で会ったって言ったろ? あの時もそんな話が出たなぁ」
「そんな話?」
「その時々に必要なものや出来事について」

あら、バスケだけじゃなくて、そんな話もしてるんだと、陶酔しきっている意識の中で玲はこっそりつぶやいた。

「で、三井さんの彼女が言うには、必要なものと言っても辛いこともあるし、その必要なもののために人は何かを捨てることもあるって。そうしたら藤真さんが、三井はプライド捨ててバスケを選んだとか言うからさ……」

それまで寝ちゃったんじゃないか?というくらい大人しく仙道のマッサージを受けていた玲がガバッと起き上がった。

「もう一回言って!」
「三井さんはプライド捨てて……」
「じゃなくて、その前」

『必要不可欠なもの』というテーマに、自分はそれを見い出すまでのプロセスをエッセイ風に綴ったわけだが、そこに“捨てる”という発想はなかった。それを加えたら、より深いし面白い。

「ありがと、彰。スッキリしたよ」

そう言うと、玲は立ち上がって、またパソコンを開いた。うーん、と唸りながら修正を始めた彼女。
しょうがないな──
終わったら今度はベッドでマッサージしてあげるよ、と取り残された仙道はほくそ笑んだ。
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